新しい世界へ
(2008-01-19)
前作ライレイランドに比べて このアルバムは 少し明るく 少し穏やかになっている感じがします。ずっと 探していた答えが見つかったような、 ずっと暗闇の中を彷徨っていたが ある到達点に達したような、暗いトンネルの中にいたが やっとExitに出れたような、、、そんな 感じです。。。
World's End Girlfriendの精神の構造は、とても複雑と言っていいです。
それは彼の楽曲の構造のComplexity とDynamismからもたらされるもの、かもしれない。
彼の音楽は、ほとんどどの曲を取っても、美しいメロディーを乱すかのように複層的な諧謔精神が走り、 精神の変遷・転調の末に展開していきます。
world's end girlfriendの音楽は、一つの曲で物語として完結している、、
というか、一つの小宇宙を構成している。
一つの曲が、あたかも一人の人生の遷移・エクスタシー、、そして老いであるかのように。
そういう意味では(もちろんある意味において、でしかないのだけれど)、
WEGの音楽はSigur Rosの昇華された純粋さの対極にあると言えるかもしれない。
Sigur Rosが人間の生きていることの哀しみや痛みを包み込み、
<愛>や<感謝>という──言葉にすると凡庸だけれど──ある極限的・超越的な精神へと完全に昇華させようとするものならば、
むしろWEGは、人間の哀しみ・愚かさ・怒り・孤独といった否定的な側面を、
人間の美しさとともに、昇華することなく、矛盾したまま肯定する、、
そういう重層的な精神構造をもっているように感じられます。
だからこそ、world's end girlfriendさんの音楽の精神を一言で言い表すことは非常に難しい。
とりわけ日常用語では。
あえて言うなら、<孤独>でしょうか・・・。
ただ、その<孤独>は、日常用語のニュアンスとは非常に異なっている。
むしろ、彼の音楽には極めてWittgenstein的な響きがある、と言うべきかもしれない。
つまり、生と死に対する透徹した肯定性。
あるいはより正確に言えば、生の内側からその限界を──死を、そして他者を──見つめ続ける希有の精神性。
それはWorld's End Girlfriend──世界の終わりの彼女──という名前に引きずられた結果ではなくて
まさに彼の音楽そのものに、あるLimitあるいはEndへの精神が宿っている、ということです。
彼、前田さんのユニット名は、彼自身がまさに自らの精神性を自覚していることの表れにしかすぎない。
ファンタジーは永遠に
(2007-04-30)
world’s end girlfriendは日本を代表するファンタジスタ。その旋律は何時だってどこか切なく壊れそうな音。昔から今も変わらないのは〔破壊〕と〔再生〕。森の中でサーカスがあり、スピーカーに向けてピエロが歌う。そんなイメージの楽曲達は夜な夜な僕を夢の片隅へと案内する。
惜しい
(2007-03-29)
僕は今までのような終末に向かっていく絶望的な音楽こそ「world’s end girlfriend」だと思っていたので、今作ではその期待を裏切られた感じです
一曲一曲はそこまで悪くは無いんですが起伏が少なく、どれも物足りなさを感じます
私見だけど、やはりworld’s end girlfriendであれば壮大で深く暗いムードが、他のアーティストに出せない味を持っていたと思うのですが、それが非常に薄く、若干POPな仕上がりです
自分は音楽製作の知識は皆無なんですが、展開は面白いけど、前作等の方が「音楽」として聴いてて楽しめて、10分以上の曲でも長く感じない出来だったと思います
物語の扉が開く
(2007-03-26)
前作よりもピアノやストリングス、ハープなどのやわらかい生音が多用され、
叙情的でどこかしら懐かしくもあるメロディーが奏でられる。
そのせいか、前作『The Lie Lay Land』が幾分か攻撃的な感触だったのに対し、
本作はより穏やかで、優しい表情がうかがえる。
もちろん、彼の特色であるエイフェックス・ツインばりのノイジーなビートが激しく刻まれることもあるのだが、
ここでは打ち込みのビートや電子音は生音に寄り添うように、背景に埋もれていくようなことが多い。
何より特筆すべきは、各楽曲とも今までにないほど物語性を換気させてくれる点にある。
穏やかな風が心地よい草原、何とも判別のつかない小動物達がひそめく森の中、透きとおる水を湛えた湖、そして誰もいないはずの木造の小屋……
大自然の中人の息づく気配、やがて訪れる嵐、そして静かに終わりを迎える朝……
聴く人によって様々な物語が頭の中で紡がれるだろう。
そういったすべてを許容する慈愛に満ちた音楽として、本作は傑作だと思う。