ジュリーロック発動
(2007-10-15)
元々「沢田研二」はロック歌手な訳ですが、このアルバムから一気に沢田ロック一色になります。
アルバム構成も、ハードな曲の中にバラードをポン!と入れていたりして、今のロックバンドが良く用いる様式でもありながら、
歌謡曲テイストな曲もちゃっかり入っていたりしているけど、各曲がケンカする事無く上手く纏まっています。
聴いていてとても楽しくなってくるアルバムです。
前作「LOVE‾愛とは不幸をおそれないこと‾ 」とは、ジャケットも曲も対極のアルバム。
しかし、どちらも素晴らしい出来。
同じ歌手なのに、良くココまで変われるものだと感心してしまう。
都会に光るストーリー
(2006-10-29)
ジュリー初心者にはこれがオススメかな?超有名な「TOKIO」がきっと心をキャッチキャッチキャッチ!(byルー大柴)ここで「TOKIO」の振り付け講座なんて一つ・・・。まず両手を顔の横にかざして(せんだみつおのナハナハな状態)から‘ト〜キッオッ♪’の「オッ」のトコで両手で顔を一寸隠す。(DBの太陽拳みたいにね)ちなみにこれをやる時にパラシュート(「TOKIO」といえばピカピカ電球服にパラシュートだよね)を装着したら直Good!(ごみ袋で作れるのでチャレンジしてみょう)それじゃ貴方も・・・‘ト〜キッオッ♪’
シンセのコズミックサウンド!!
(2005-07-20)
イギリスではパンク、ニューウェイブが旋風しジョニーロットンが「ロックは死んだ」と叫びまさしく大転換期に日本ではいち早く最先端サウンドを取り入れたのが、YMOとジュリー!随所に散りばめられたシンセのコズミックサウンドに当時まだ駆け出しライターの糸井重里の斬新な詩がテクノの時代の到来を告げた大ヒット超問題作!ロキシーのブライアンフェリーへTOKYOJOEの返答をし、後に大島渚より坂本龍一よりも先にでデビットボウイの相手役に抜擢されたのは当時ジュリーは大転換期だったことの証明。またその曲間に収められたバラード曲も録音技術の発展でジュリー歌唱力が余すことなく素晴らしい楽曲とマッチ!
1980年代の幕開けはジュリーの「TOKIO」だった
(2005-06-15)
当時大晦日から元旦にかけての「ゆく年くる年」は、NHKに対抗して民放全局が一致団結して制作していた。当時の「ゆく年くる年」はセイコーがスポンサードしていて、深夜零時のカウントダウンはかなりの盛り上がりを見せていた。
1980年1月1日、セイコーが0時の時報を告げたあと、電飾付きのパラシュートを背負ったジュリーが登場。加瀬邦彦のドライブ感のある曲に糸井重里の時代感のある詞を乗せた「TOKIO」を熱唱した。80年代の幕が切って落とされたのである。まだ糸井重里も知る人ぞ知るだったし、ジュリーもスターの絶頂にいた。
「安らぎ知らない遊園地がスイッチひとつで真っ赤に燃え上がる」
走り出したら止まらない、人々の不安とその裏腹としての喧噪、そしてその末路としてのバブル崩壊を予見するような歌詞。楽曲はテクノ入ってるし(あくまでアレンジレベルの話。しかし加瀬邦彦はもっと評価されるべきメロディメーカーだ)、ジャケットはポップアート風で時代を感じさせる。
今でもたまにカラオケで歌うが、勢いよく歌い切った後に、ふと、切ない気持ちにさせる、そんな一曲である。
いい男。
(2005-05-28)
映画「太陽を盗んだ男」と同時期のアルバム。ノッているジュリーが楽しめる。ついつい「TOKIO」に耳が行ってしまうが、トータルによくまとまった素晴らしいアルバム。ジャケのセンスも秀逸。