ある種の偶然性
(2007-01-22)
Pop Group解散後、1983年にリリースしたMark Stewart名義最初のアルバム。Mark Stewartの大ファンという訳ではないけれど、Mark Stewartのこの頃の活動とかOn-U周辺とか興味深い。というか気になる。ある種の偶然性が多く潜んだオンガク。再現性の低いオンガク。
Dubの偶然と必然を呼び起こすアルバム。オープンリールをカットアップして作った(らしい)トラックや、テープエコー、バージョン、変則的なEQ、純度の高いスタジオワーク。Jerusalemの不思議と静謐な空気。クリアなサウンドじゃない。でも覚醒したホーンフレーズ、ベースライン、各パーツがとてもとても美しいDOn't you ever lay down your arms。12分にわたって繰り広げられる強烈なテープコラージュでHip HopとDubのあるいはエレクトロファンクの思いつく限りの実験的なアプローチ、The wrong name and wrong number。この曲は素晴らしい。
かっこいいぜ
(2006-07-23)
ポップグループにダブの要素はもちろんあった
けれども、やっぱり基本は猟奇的で、冷酷で、必死なファンクリズムとかで、そこにダブ的な音だとか、フリージャズ的な感覚とかがのっかってあったと感じている。
でも、マークのソロを始めて聴いたとき、こらもうダブを両手にかかえて縦横無尽に爆発してた 大声で叫ぶよりも、感情の爆発を鎖で必死につないでいるときの、鎖のきしみ、歯ぎしりとかが、悪寒すらともなう激しさでここにある
ジャマイカのレゲエが、どんな反社会的なメッセージをこめていても、どこか楽天的な要素を聴こえてしまうのに、レゲエにこんな暴力に徹せれる側面があるなんて思いもしなかった
この時代に出会えてよかった逸作
(2006-06-12)
パンクの攻撃性とニューウェイヴの創造性が見事なまでにクロスオーバーした名作だと思います。単にダブやノイズのコラージュや激しくうねるベース音だけでなく、テクノロジーやセールス至上主義の現代ロックシーンを嘲笑しているようにも感じます。『ロックが最もオルタナティヴだった時代』から生まれた『究極のオルタナティヴミュージック』ではないでしょうか?
感慨深し
(2005-04-12)
このアルバムが再発されるなんて、何と幸せなことか!!!
誰に向かってか分からないけど、ただただ感謝します。
他人に向かって「聴け!」とか「買え!」とか云いません。私ひとりでこの幸せをかみ締めます。
アナログプレーヤーが壊れ、このアルバムのCDを買い忘れていた私にとってはまるで帰郷でもするような感慨です。
特に4:などは実際に演奏し録音したテープを切り刻んで壁に貼り付け、それらを繋ぎ合わせるというDTM機器の発達した現在では考えられない、否、現代DTMの先端を行くような技法によって、製作に3ヶ月近くも掛かったという曲だけあって迫力を感じます。
「即興」による深層心理の顕在を目的としたシュルレアリスムの技法を音楽に用いたのは"フリージャズ"でしたが、以降にシュルレアリスムに近付いた音楽はDubです。「偶然の組み合わせ」である"オマージュ"は80年代になって知的な青年によって顕現します。意味不明なバローズなんてどうだって良い、このアルバムに込められたメッセージはアンド・レブルトンの「自由」に他なりません。
アナログ機器による究極のアルバムであり、パンクから始まったインディーズの頂点であり、何よりPop Groupが初めから目指していた音楽がここに凝縮されています!!!
混沌の発露はやはり2NDからだった
(2005-01-24)
およそ23年前、LPで購入したがすぐに中古屋に叩き売ってしまった1STが再発された。あの時なぜ手放したのか、その理由が思い出せないためここに購入した。(※あ、2ND以降は今も持ってんですよ。)
さて、ポップグループの混沌サウンドを期待していた当時の僕は、このアルバムにそれを感じず、単なるレゲエアルバムであると断罪したために手放したことが思い出された。2NDがあれば1STは必要ないと。
マークの苛立つアジテーションボーカルは健在だが、2ND以降の強烈なカットアップコラージュが未完成であり、嫌いなレゲエはいらん、というわけだったのだ。(※本来レゲエとダブはそれほど差異がないのは分っているが、僕にとってのダブはポップグループから始まっているため普通のダブには興味がない。)
マークのボーカルは下手だ。かなり機械処理しないと聞けたモンじゃない。吐き出したい想いとサウンドが結実したのはやはり2ND以降からだったんだな、と納得した。