天才ピアニストによる不滅の名演奏!
(2008-06-23)
ゴルトベルク変奏曲でまず思い浮かべる有名なアーティストといえば誰であろうか?私は迷わずグールドと答える。その理由として、彼は当時バッハ晩年の傑作でありながら、あまり世の中に知られていなかったゴルトベルク変奏曲にスポットを当て独特の演奏で多くの人に衝撃と感動を与えバッハの音楽の素晴らしさを伝えた(再認識させた)功績があるからだ。そしてその功績は当アルバムを聴く事により理解される事になる。一度聴くと忘れられない、また何度も聴きたくなるそんな感動を当アルバムでぜひ味わってもらいたい。文句なしでおすすめできる一品である。
聴く者を眠らせないゴールドベルク変奏曲
(2008-06-15)
このアルバムを初めて聴いたときには、その良さがよくわかりませんでした。そもそもゴールドベルク変奏曲はチェンバロで演奏するのが普通でしょうし、チェンバロ独特の耳に刺さるような音色と、眠りを誘うような反復の多い変奏曲とのバランスをとりながら時間を進めていくのがゴールドベルク変奏曲だと思っていました。
このアルバムでグールドは、ゴールドベルク変奏曲をたった約30分で、しかもチェンバロでなくピアノで、さっと弾き抜いています。チェンバロのツンツンした音色もいいのですが、ピアノの音の余韻がよく残る滑らかな音色で表現するゴールドベルク変奏曲もなかなかいいものだ、と最近気づきました。特に28番目の変奏曲の表現は、私のお気に入りのひとつです。聴こえる旋律はシンプルなのに、楽譜上は少し複雑でいろいろな音の装飾を施してある曲が、ショパンの作品にあるのを思い出しました。
このアルバムの作品に魅了されるのは、彼の若さゆえに出来る、冒険にも似た勢いのある演奏が原因なのかもしれません。
まさにグールドベルク!
(2008-04-24)
私はグールドのゴルトベルク変奏曲(新録音)をはじめて耳にしたときかってない衝撃を受けた。そしてこの旧録はさらに上をいっていた。彼の強烈なキャラクターもさることながら、音楽もまた彼独自のスタイルがそのままピアノに反映され聴き手の心を引きつけてやまない魅力を醸し出している。「この旧録に出会った事は幸運だった。」そう言えるのは私だけではないと思っている。
録音当時は新鮮だっただろうが…
(2008-04-19)
同じピアニストによる、平均律やパルティータ、フランス組曲、インヴェンションとシンフォニアあたりの(大ざっぱに言って1970年代前半までの)、パキパキして乾いたグールド節が好きなら、この1955年盤の方がオススメではある。
「グールドらしさ」という意味では、再録音盤はまるでダメだからね(「グールドらしさ」を本人がまさに書き換えようとした時期に、亡くなってしまったからさ)。
1955年当時、この演奏がウけたのは、LPというメディアの成熟と、一般家庭への再生装置の普及という背景があったのでは?
つまり、ちょっと無理してオーディオ装置を手に入れたご一家の方々に、手軽にハイソな気分に浸れるアイテムとして、ポップスを聴くノリノリなノリで聴くことの出来るクラシック音楽が必要だったという図式。
北米レコード界に於いて、オケではバーンスタイン、ピアノではグールドの果たした役割は大きいだろう。
(日本の中流ご一家だと、カラヤンあたりが加わるワケだが…)。
そもそもゴールドベルク変奏曲の既発盤と言えば、この22年前に録音されたランドフスカのモダン・チェンバロによるカッチリしたものぐらいしか無かったワケだ。
となると、チェンバロよりは親しみのあるピアノによって奏でられた、疾走感溢れるグールド盤はさぞ、愉悦に満ちたものだっただろう。
サルでも分かる風に言えば、パパでも分かるクラシックと言ったトコロか。
しかし、時は流れて21世紀、現在の我々はもはや、シェプキンやシュタットフェルトの演奏を知っている。愉悦の点に於いて、グールドの1955盤はすっかり色褪せてしまった。
そして、この演奏からノリノリの愉悦を除くと、何が残るのか?
残念ながら、私には見つけられないのだ。
せいぜいパキパキしててヘタウマっぽいのが特徴かしら?
が。今は21世紀。ヘタウマなら高橋悠治の新録の方がスキが無くてよっぽど良いぞ♪
ただ音楽がそこにある…
(2007-10-12)
最初の1音から引き込まれる…そんな印象です。
演奏の疾走感や爽やかさももちろん、グールドお馴染みの唸りや第5変奏の足音など(笑)全てが音楽になっている気がしてしまいます。
ある意味ライブ録音よりもリアルなそんな気すらします。
グールド自身は最も過大評価された録音だと語っていたそうですが…
名演なのは間違いありません!友人のジャズプレイヤーもこの演奏が大好きだと言っていました。