ヴェルディの「レクイエム」には「アイーダ」の主役をはれるだけの歌手が4人必要である。そしてコーラス、オーケストラ、指揮者は、この激しく劇的な譜面を内面の情動で調和させうる力が求められる。それだけ難しい曲である。だから、本盤も含めて、完全なレコードがなくても驚かない。 ルネ・フレミングのソプラノは恐らく、現在世に出ているなかで、最も美しいだろう。「アグヌス・デイ(神の小羊)」でデュエットするオリガ・ボロディナのメゾソプラノは、フレミングの声に匹敵するほどのなめらかさと肌合をもっている。イルデブランド・ダルカンジェロの声も美しいが、今日の低音歌手の多くがそうであるように、高音部に力が偏り、低音部を満たす奥深い響きに欠けるのである。アンドレア・ボチェッリは、この歌曲には向かない。彼のファンには悪いが、ヴェルディ愛好家は自失するだろう。声に力強さがない。マイクを近づけることで、声量のなさを補っているが、表現が月並だ。
コーラスとオーケストラはすばらしいが、難をいえば、この曲に必要な音のグラデーションに欠けている。ヴァレリー・ゲルギエフの指揮はダイナミックで、「ディエス・イレー(最後の審判)」では鼓膜が破れそうになるが、ほかは粛々と指揮している。ソルティ、ジュリーニ、バレンボイムらが指揮したステレオ時代のものや、トスカニーニ、デサバタ、セラフィンらの名盤には及ばないが、全体として、いいレクイエムになっている。(Dan Davis, Amazon.com)
カスタマーレビュー 
レクイエムの調べ
(2004-01-28)
怒りの日の張り裂けんばかりのトゥッティ。ボッチェリを含めた、素晴らしい歌手陣も思い入れたっぷりに歌われており、ゲルギエフとの信頼が厚いように見受けられます。それには、まず録音も一役買っており、空間表現が良く録れており、音楽的分解能、音楽的分離間は中々のレベルなのでは、と思います。この曲は演奏する方も、大変、難しいと思うのですが、聴くほうも結構、疲れます(良い意味で)。私には勿論、演奏の良し悪しは判断できませんが、かなり丁寧に演奏しているように私には感じました。ゲルギエフは、まだ50歳ぐらいで、これからの指揮者だと認識していますので、私としては、これからも意欲的に西洋の音楽も演奏して欲しいです。