文珍らしさが溢れる噺
(2007-03-22)
「はてなの茶碗」は、恐らく米朝仕込みの噺らしく、利休とその番頭の演出は、殆ど差を見ないが、茶道の最高峰の人物とその番頭の上品さを、上手く醸し出している。文珍らしさが煌くのはその後からだ。宮中に参内した時の、下座を使った模擬雅楽、紀伊国屋の強引さ。米朝はここで碗を売ってしまうのだが、文珍は紀伊国屋の欲求の強さを、無理やり金を貸付、形に取ると言う手法で、実に上手く表現している。
「星野屋」は、何と言っても"御妾サン"の演技である。その真骨頂は、自分の母親との掛合いで、ともすれば区別が付きにくくなったり、変に母親を老婆のように演じてしまいがちだが、文珍は、妾を
艶っぽい悪女に仕立て上げ、母親を、この親有りてこの子有り、と観衆を自然と納得させる話方をしている。ここがこの噺の一番の聴き所である。共に、名作でも大看板が演じる作品では無いが、それだけに、自分の色を憎らしいまでに出して演じる文珍の、傑出した1枚言える。
1つぶで2つの味
(2005-08-10)
善人ばかりが登場する「はてなの茶碗」と、クセのある町人が繰り広げるひと騒動をつづった「星野屋」。笑いの質の高さはお墨つき。対照的なストーリー2話の組み合わせに☆5つといたしました。