志の輔の分身 鼠穴
(2007-09-01)
『鼠穴』は、要は長い話が夢だったという話です。
でも、落語で語られる話はフィクションですから全て夢みたいなもんです。
その夢の話を切実に、これでもかという迫真の語りで聞かせます。
立川志の輔は師匠の鼠穴を初めて聞いて不覚にも涙したと書いています。
その感動を自分の世界で描き直して伝えようという覚悟のようなもの。
それを感じます。
江戸時代の古典落語ですが、脱サラ(脱奉公人)の弟の出世話でもあります。
脱サラ出世を褒める兄のセリフが心に沁みます。
「百両稼いで、よくて三両自分のものにするか、全て自分のものにするか。」
やってみないで何がわかるという話方でした。
そういえば、立川志の輔も大卒後一度サラリーマンした回り道の人です。
涙の沁みる世界を通り抜けた話に聞こえるのです。
鼠穴
(2007-05-02)
この噺の難しい処は、人情噺だけに、笑いが殆ど無い上に登場人物が、兄弟二人言っても良いほど限られている。しかも、体の動きが殆ど無い為、演者の話芸がもろに出てしまう処である。志の輔は、可也の工夫をしてこの噺を高座に掛けている。先ずは、兄弟再会の二人の心理描写、成功した弟との仲直り、火事場の弟の様子(但し、これは少しドタバタし過ぎの感も有る。)と、圓生、談志には無い表現を取入れ、噺を少しも弄る事無く、それでいて聴衆には極めて強いインパクトを与える様工夫がされている。サゲも圓生、談志とは切口を変えており、私自身は、地口調の今までのオチよりも、この志の輔の落とし方の方が、自然であり好きである。しかし、真打になって5年余りで、これほどの大ネタを師匠の上を行く様な語り口で演じきれるのには、本当に驚かされる。これほどの技量が有るので有れば、次は是非「鰍沢」を高座にかけて欲しい。これも難しい噺ではあるが、志の輔であれば、我々古典落語のファンに、きっと一味違った「鰍沢」を聴かせてくれる筈である。何れにせよ、志の輔、珠玉の一枚である。
両耳のやけど中逸品の作品
(2003-11-08)
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