これが職人ねえ・・(苦笑)
(2006-04-15)
彼らは,斯界の戦艦インコグニートと並んで1990年代初頭のUKシーンを牛耳ったアシッドジャズ隆盛の立役者。折からのブームに乗って一気に頂点へ立つも,4枚目を出した頃にはネタ切れを起こして急速に失速。その後は企画盤を乱発し,お決まりの自転車操業。ブームの退潮とともに,めっきり霞んでしまった。
ユニットの核は4ピース。デビュー直後から歌を担当していたエンディア女史も,1995年にはグループを離脱。その後はヴォーカルを入れ替えつつ,スタジオ演奏屋のホーン・セクションを付け外しして音を練り上げる手法で曲を作っている模様。ここまで書けば,本家をご存じの方ならどなたも「それってインコと同じやん」と仰るだろう。その通り(笑)。笑っちゃうほどもろインコ。哀しいかな,彼らがインコ風の音楽に惚れ込み,同じ土俵に立てば立つほど,聴き手は双方の才能を比べてしまうのだ。
司令塔ブルーイの抜きん出た才能の本丸を,スタジオ上がりの演奏屋が固めた本家に対して,それなりの小兵が持ち回りで音を促成栽培する彼らの場合,音もまた小兵並みにありきたり。確かにジャズ・ファンクの流儀は律儀に踏襲し,捨て曲も少ないのだが,どれもコード進行が余りに月並み。その辺の閃きはアシッド・ジャズの生命線だから,これが月並みでは気の抜けたビールのようなもの。おまけに演奏テクが貧弱なためソロも貧相と,全てにおいて出涸らし茶だ。
敢えて今,アシッドジャズを再訪される貴方は,自分の耳でいい音を探す音楽好きであろう。おそらく皆さんの多くは,聴けば聴くほど,アシッドジャズがあっさり衰退してしまった理由を実感されるのではないか。インコは1981年結成の老舗。彼の作ったブームを引き継ぐだけの才能が以降出てこなかったところに悲劇はあった。言い換えるならそれは,すっかり知的職人としての《音楽屋》を淘汰してきたシーンの貧困でもある。
英国のソウルサーチャー達の70~80年代ソウルに対する見事な視点
(2003-01-06)
80~90年代の英国のジャズファンク=あえてアシッドジャズはつかわない=を代表するバンドの音価にたいするバランス感覚が職人技的にきらりと光ったアルバム。70年代には優れたソウルグループが存在した=ルーファス=シック=コモドアーズ=EW&Fなどなどである。それらを吸収&統合した上で絶妙なさじかげんで90年代に見事よみがえらせたある意味名盤。アメリカで昔あったポップジャズの要素=デオダートなどとクインシージョーンズの持つ大衆性が見事に形を変えて彼等の色に染められてよみがえった。高度な職人性とタフなファンクネスが同居する時代に流されないアルバムである。このバンドにブームは関係ないのだ。