断片的な歌詞が胸打つ
(2008-05-07)
たしかめざましテレビで、この曲がリリースされるときに桜井和寿が「最高傑作ができた」というコメントを残していたという。
当時、それを聞いて楽しみにしていた中学生の私の「Not Found」の初めての試聴は、幾分の落胆を残したことを覚えている。
サビはともかくとして、AメロもBメロもそれまでのミスチルにしては、キャッチーなメロディとは到底言えず、はっきりいえば
この曲はそれまでのような「売れ線」の曲ではなかったのである。
しかしどうだろう。シングルCDそしてアルバムでも何度も聴くうちに、私の中で次第にこの曲は名曲へとなっていった。
それまでのミスチルのヒットシングルの特徴は、初回の聴取からリスナーのハートをがっちりとつかむ美しメロディと詞であったが、
この「Not Found」は噛めば噛むほどうま味が出るという、あの「スルメ」的な名曲だったのだ。
それはこの曲以前のミスチルとはあきらかに一線を期している事態だ。
またそれは歌詞についてもいえる。
それまでの桜井の生み出す詞は、一つ一つの事細かい描写で組み立てられ、一つのドラマにさえ昇華し得る物語性があった。
しかし、この「Not Found」では物語は描かれない。描写がみな断片的なのだ。
奥田民生の歌詞にも通じるところがあるが、優れた歌詞とはこのように抽象的であり、形而上的であり、なによりも断片的なのだ。
そしてそれはつまり、言葉と言葉のあいだの空白は、聴き手が聴き手なりの想像によって埋めるために残されているような歌詞
ということなのではないだろうか。
そうであるならば、この曲は冒頭から聴き手の想像力を起動させる。
「矛盾しあったいくつものことが 正しさを主張しているよ 愛するって奥が深いんだな」
う〜ん、まさに愛の形而上学。
カップリングもまた名曲。
今度は打って変わって、桜井が得意とする濃密な風景描写と心情描写が聴くものを想像世界に誘うフォーク調の楽曲。
一曲目で新たな桜井の詩世界を発見し、二曲目でおなじみの桜井の詞世界を堪能できる一品。
時間を忘れてしまいます・・・。
(2007-03-13)
「NOT FOUND」は、いわずもがなとても素晴らしいです。きいてて本当に心地よいです。しかし、このシングルの特徴はなんといってもカップリングの「1999年、夏、沖縄」にあると思います。この歌はタイトル通り、桜井さんの沖縄に対する歌なのですが、その歌詞がめちゃくちゃストレートで、じ〜んと胸が熱くなってくるものを感じるのです。聞きほれていると、時間がたってるのを忘れてしまう、そんな1曲だと思います。ぜひ聴いてみてください!!
なんたる快感!!
(2006-08-11)
発表当時、桜井さんが「ミスチル最高傑作」と豪語しただけあって、とてつもない完成度になっています。
しかし、この人の創作意欲っていうか、作曲の才能というのは、まったく底が知れませんね。
コード理論を簡単に飛び越える天性のメロディーセンス。
「僕はつい」が唄われる時、リスナーはいとも簡単に音楽の世界に落ちてしまうんです。
そこからはもう、考えても仕方がありません。頭より先に心が反応してしまってるから。
諦めてメロディーの波に耳を委ねましょう。
そして、サウンドも素晴らしい!特にJENのドラムス!
波打つような、そして微妙にリズムが変わる時があるんですが、
計算でしょうね、そこにとてつもない快感を覚えます。
他の2人にも言える事ですが、特にJENのこのバンドで果たす役割の重要性を感じさせられた曲です。
カップリングですが、おもいっきりフォークです。なんの衒いもない、
純然たるフォーク。
出口はなくても
(2006-05-07)
初めて聴いた時は正直あんまりだなぁと思ってました。なにかメロディに違和感があって。でも聴きこむにつれ徐々に詞が響きだした。 これは愛の歌です。といっても幸せで満たされているのではなく、愛するからこそ生まれる苦しみが歌われた曲。 求めれば求めるほど傷つく。それでもやっぱり求めてしまう。そんなジレンマの出口を探す、という歌のように思います。
とても疾走感があり、それがまた出口を探すことの必死さを表現しているようにも思いました。
痛々しくて生々しい曲ですが、こういう想いを言葉にして歌ってくれると救われます。
「1999年、夏、沖縄」という曲
(2005-07-20)
「酒の味を覚え始めてからは」、という突然の二番の歌詞からは、
当初なんとなく桜井さんがまとまりをつけられていないような気がしたが、
いやむしろ、あえてそのまま手直さず書き始めた直感を大切にしたのではないか、と思った。
だからその言葉のインスピレーションの大事さを、僕も大事に思う。
何故なら、桜井さんの曲は理屈で攻めることを必ずしも必要としないからだ。
勿論、apbankなどをするにあたり、数々の無責任な批判と闘わねばならない以上、理論は大切だ。
しかし、彼の曲がここまで多くの日本人にひろまった理由は、
「感心こそすれ感動しない」曲たちが90年代以降氾濫した中で、
彼はきちんと「感動」する作品を創ってきたという点にこそあるのではないか。
実は、自分も当初はミスチルというものをそのレコードセールスに対する反抗心から、
先入観でレッテルを張り、拒み続けた一人だった。
だが、上で述べた「感心」と「感動」の関係から、自ずと雪解けは時間の問題だった。
そういう、桜井さん独特の空気の中にこの曲はある。まだ沖縄に行ってない人は是非足を運んで、
ひめゆりの塔や住民が自決した洞窟、或いは米軍基地、そういうものと無情なまでに青い空と海が同居してる不思議さを感じてきてほしい。
しかしそこから語りかけるべきことは、戦争を直視することだけではないかもしれない、
むしろ、沖縄の人たちの人柄や考え方から多くを学ぶことが多いのだと思う。
謙虚な気持ち、素直な気持ち、そういうものを沖縄は人に返してくれる。
こころに咲いたちいさな花を育てることが、この健気な曲に生きていると思った。
だから、お酒の話でいいんだとおもう。そこに仲間がいて
おいしいお酒を飲むこと、それが感謝の酒であること、幸福の酒であること。
いつまでもこのうたをうたって、発見することは多くなってゆくだろう。