日常を離れてピアノ・ソロの世界へ
(2006-06-09)
Part1は42分、Part2は26分の91年ピアノ・ソロ。従ってこのアルバムを聴く時には、途中で中断されないように携帯の電源を切り入り口に鍵をかけ、椅子にゆっくり腰掛けて最後まで聞き通すというコンサートに行くような気持ちで望むことにしています。
特にPart1はクラシックを想起させる曲想で始まりながら緩やかに展開を遂げますが、後半で無上甚深の大旋律が炸裂します。Keith のインスピレーション神懸かりの瞬間が見事に演奏に現れ、聴き始めてしまうと42分があっという間です。
一気に聴き通してこそ得られる感動という点で、「Vienna Concert」は他の Keith のソロ作品と違った独特の密度を感じられます。CDジャケットのアートな手触りも特別。
パリよりも美しい
(2005-02-18)
ややクラシック的な演奏の本作。絶賛されている「パリ・コンサート」よりも私は感動しましたし、美しい演奏だと思います。
そして80年代以降、やたらうるさくなったキースの声も、ここではあまり聞こえず、リラックスしているのかな?と思ってしまいます。
どなたかのレビューに書かれてありましたが、「ステア・ケイス」との共通点があるというのは私も感じました。パリ好きな人、是非聴いてみてください。
古典派から新ウイーン学派へ、そしてフリーへ
(2003-09-21)
1991年7月ウイーン国立歌劇場(シェターカペツレ)でのソロ・ライブ。
出たしはまるでモーツアルトのソナタの様だが、展開はまさにキースのピアニズムになっていく。『魔笛』や『フィガロの結婚』といった優れたモーツアルトのオペラが上演された歴史あるその場所で展開されるキースの世界は純に芸術的だ。
ただ段々にラ・スカラの様にフリーになっていく。僕にはその変遷はまるで古典派のモーツアルトから新ウィーン学派のシェーンベルクへのウィーンの歴史を聴いている様でもある。
これがウィーンのキースの『天啓』だなと思えた。
ウィーンはキーキージャレットじゃなくうーむージャレット
(2003-08-18)
ハミングです。いつものように、うがー、とか、グボゥオー!とかきーきーぎーぎー言わないキースは、ささやくようなか細い声で静かに歌っております。そのことがこのソロコンサートの形容しているような...。いつになく、落ち着きのある展開はクラシック的、間合いの大きい、一音一音かみしめるような弾き方はある意味ビルエヴァンス的ですが、もちろん出てくるフレーズはああ!キースジャレットだなぁ、という味わい深いもの。若鮎が跳ね回るような鋭いパッセージも健在です。ジャケットもUVインク厚盛りでECMにしては珍しいなかなか凝った仕様。
静謐なピアニズムの技巧を凝らした演奏
(2001-08-23)
静謐な演奏である。キースのソロコンサートのCDでは時折枠から外れて自由奔放に主題が推移するが、この演奏は構成が守られ、スタジオ録音「Staircase」の拡大版のような、ややクラシック音楽のような演奏が聴かれる。第1部ではゆっくりした主題から展開していき、テンポが変わっていくときのピアノの技巧が時に楽しめた。第2部では、やや和風の旋律が聴かれるのも、「Staircase」2枚めの演奏と共通部分があって面白い。