希望とは何か?
(2005-07-03)
放浪癖があったダミアことマリー・ルイーズ・ダミアンは、
15歳にして家を出る。娼婦達に囲まれて食うや食わずの
生活を続け、多感な時期を極限の状態で過ごす。
そんな中で培われた彼女の持つ独特の雰囲気は
絶望を越えた現実。そして、絶望こそ最後の光明。
という奇異な状態を表現しているように思われる。
キルケゴール「死に至る病」によると
「死に至る病」とは「絶望」のことである。
墓守という奇妙な名前を持つ彼自身数奇な人生を送ったのであるが、
ダミアの人生もまたそれを凌駕するものであったのかもしれない。
そんなことを考えると、
マレーズ、ユージェーヌ・ゴンダの作詞
レゾーが作曲した、1936年レコーディング
「Sombre Dimanche (暗い日曜日)」が、
自殺者が続出したため放送禁止になった事実も、
彼女の数奇な人生に耐え切れない人の存在を示唆させる
一事件といえるのかもしれない。
ダミアは単に暗いシャンソンを歌ったのではない。
より深い闇に生きるダミアにとっては、
これすら希望に満ちたものだったのだと
思わずにはいられないのだ。
「暗い日曜日」収録
(2005-04-09)
「自殺の聖歌」として有名な「暗い日曜日(Sombre dimanche)」は1933年に発表された曲である。ハンガリーの首都ブタペストのレストラン「キシュ・ピパ(小さなパイプ)」でピアノを弾いていたレッソ・セレシュが作曲し、詞は店のオーナーのラスロ・ヤヴォールがつけたという。
有名な通り、ハンガリーでは、この歌を聴きながら、あるいは聴いたあとで自殺する者が続出したので、販売・放送が禁止されている。また、その後欧米でこの曲を聴いて自殺するものが多く出たほか、日本でもこの曲に触発されて自殺者が出たという。(このためイギリスでも放送が禁止された。)
1940年代にはサム・レヴィスの英語詞がついて「Gloomy Sunday」としてアメリカで歌われるようになり、ビリー・ホリデイ、ルイ・アームストロングなども録音した。尚、1968年に作曲者も自殺している。
現在容易に入手できるものでは最も古い録音である「暗い日曜日(Sombre dimanche)」は1936年のダミヤによるもの。フランス語の歌詞がつけられ、ダミヤがフォンスキーのロシアン・コーラスをバックに歌い、シャンソンとしてヒットした。
この曲の背景を知って聴くからか、地の底から沸き起こるようなコーラスに伴い始まるこの曲は、不気味な迫力に満ちている。シャンソンはあまり聴かない人でも、一聴の価値はあるだろう。
誘惑のシャンソン
(2003-02-24)
”暗い日曜日”は世界恐慌時代に自殺者を多数出して
発禁になったという話があります。
全体的に暗い曲が多いですが力強く励まされる曲も
ありますので憂鬱にはならないでしょう。
シャンソンに興味のある方は入門として是非聞いて欲しいアルバムで、
とても気に入ると思います。
ここから入るのが1番ですね!!