株式会社アーティストフィルム
私は「号泣」しない。 (2008-05-23) たった『一軒の家』。様々な思いがこめられている『一軒の家』なのだ。 少なくともこの一軒の家をめぐって二つの家族は逃げることができない。 二つの家族。 1:父が30年ローンをはらい、遺産としてうけとり生活していた娘。行政の手違いで突然差し押さえされ、突然追い出される。 2:現在この家の主はイランの元大佐。威厳あり。アメリカに移民したが生活は困窮しつつある。高く転売することが課題だ。 この二つの家族は真剣。「生活者」なのだ。 この2家族が戦い続けないといけない。行政の手違いで。 登場人物は、真面目である。副保安官以外は。 娘は家を戻すために弁護士をとおして戦う。イラン人大佐も受けて立つ。 正々堂々とした闘いに、愚かな副保安官が介入する。イラン人一家を脅してしまう。 −−−−−−−−−−−− 悲劇は突如、訪れる。娘は疲れ限界にたっした。たばこもアルコールも覚醒剤もやめていた娘だ。娘は家の前でアルコールを飲んでしまった。娘を救い癒すイラン人一家。癒される娘。うまくいきそうだ。 愚かな副保安官の登場で一挙に悲劇へと逆転する。悲劇は一瞬のうちにおこるものだ。 全ては警察たちのイラン人一家への偏見と間違った判断と行動による。彼らはイラン人一家の希望の星、息子を銃殺した。絶望した両親はその夜自殺してしまった。 生き残ったのは誰か。 スティーヴン・スピルバーグ監督はこの映画をみて「号泣した」と宣伝している。こんなことで「号泣」できるか。日本全国あちこちでこれ以上の大悲劇は起こっている。号泣しないで、その現場を冷静に視ながら耐え、絶望しない人たちがいる 私は号泣しない。イラン人一家の凛々しき生き方を逆に尊敬するのみである。でるのは、悔し涙である。