ダイジェストにもなっていない
(2008-10-25)
最近、原作を読んで感動したので
ワクワクしながら観てみました。
しかし、見事に期待は裏切られます。
冒頭からなんともかる〜い雰囲気で物語は進んでいき、
原作の重厚さは微塵も感じられず。
キスシーンやらベッドシーンですっかり興ざめ。
幼馴染と涙の別れ? なんだそれ。
しまいにはハイタカが真の名だってさ。
テレビドラマにしては予算をかけてるのかもしれないが
映像も音楽も全てが凡庸。
アニメ映画とは五十歩百歩。
キチンと映画化されるのはいつの日か。
原作とは切り離して考えれば、凄く楽しめるエンターテイメント作品
(2007-12-05)
このDVD、「ゲド戦記」で検索しても出てこないので
損をしていると思います(2007年12月6日現在)。
でも、めちゃくちゃ面白いドラマ映画になっています。
ジブリ作品より、こちらのほうがよほど楽しめます。
ただ、原作ファンに不評なのもわかります。
エンターテイメントに徹してしまい、メッセージ性や
哲学性、思想性、深淵さなどは削られていますので……
ただ、肩肘張らずにこの映画を楽しんで、書籍版の真の
ゲド戦記へと進み、より深遠な世界へと降りていく、
という展開は大いにありではないでしょうか。
安っぽさを感じさせない、良質なエンターテイメント作品で
多くの人が楽しめるはず。ここまで良くできた、説得力のある
ファンタジー映画はそうないと思います。特にドラゴンの造形が
最高にかっこよい!! 時々何度も見返している名作です。
基本的に駄作(日本語吹き替え版感想)
(2007-11-11)
アーシュラ・グウィンの「ゲド戦記」から、都合のいい(英雄叙事詩的な)部分のみを抜き出して作ったファンタジー映画。美しい映像は一見の価値あり。
だが、作品の精神を理解しているとは言いがたく、別物だと考えた方が良い。
ゲドが白人であるために「魔法使い」=「先住アメリカ人の呪術師」というイメージから「魔法使い」=「科学者」というイギリス・ファンタジーもかくやのイメージに塗り替えられてしまった。
また、ゲドの真の名だけが原作と逆であるため、他の魔法使いと比べると変だと感じる。
そのうえテナーは選ばれし「喰らわれし者アルハ」の生まれ変わりではなく、基本的に温順な性格で神殿一の成績優秀者という優等生である。
さらに言えばのっけからゲドと幼なじみの戯れや悪のカルガド皇帝と巫女コシルの情事を移す等、娯楽要素を打ち出しすぎてしまい、子供に見せたいと思える作品ではない。
唯一良い点があるとすれば、ゲドとその影との戦いに関する点である。
誰にでも悪魔的な面(心の闇)はあるのだから、それを受け入れよというメッセージは評価できると思う。
・・といっても、その「闇」の犯した罪を「世界平和を実現した」という功績で塗りつぶせるというものの考えかただけは、如何なものかと思わざるを得ないけれども。
ラジカセと携帯電話を持ってアースシーに行く
(2007-09-12)
主要人物の言葉、行動が現代の我々と非常に似ており、ドラマ自体もそれに準ずるものになっています。これはファンタジーにとって致命的な事です。なぜならファンタジーとは別世界を描く事を目的としているからです。架空の世界を舞台にしていてもそこにいる人々が現代のニューヨーカーでは何にもなりません。もしそのようなファンタジーがあるなら(実は山ほど有りますが)それは嘘の物語です。
自己弁護をする様に聞こえるかも知れませんが、上記の断定的な見解については「その様な世界に我々と同じような考えを持つ人間が育つはずが無い」という一言で説明出来ます。架空の世界に産まれた筈の真のファンタジーの住人たちは私達とは似て非なる者で無くてはならないのです。もし架空の世界を舞台にしていて、かつその世界が私達の世界とそっくりで、かつそこに住む人達も私達そっくりなファンタジーと称する物語があるならば遠慮なく言っても良いと思います。「それはファンタジーでも何でも有りません。」と。
ル=グウィン女史は著書『夜の言葉』に収録されている「エルフランドからポキープシへ」の中で「本当のファンタジーの英雄達の言葉はエルフランドのアクセントを持っている」と言及されています。エルフランドのアクセントとはかいつまんで言えば現代の言葉に置き換えられない言葉、英雄や魔法使いたちの言葉です。私達は「むかしむかし‥」あるいは「かつて」から始まる無数の物語の中でこれを耳にします。ある時は語り手を通して、またある時は登場人物を通して。これが私達を別の世界へと連れて行ってくれるのです。
このテレビ用実写映画もジブリのアニメ映画も最近になってようやく原作者の許可がおりて(原作者に映像権を認知されない映画とも聞きますが)映像化が実現された様ですが、いずれの映画も原作者の意図していたものとはかなり離れたものとなってしまっているのではないでしょうか? 言葉で物語を綴る事に誇りを持っているル=グウィン女史が最近になってこれらの映像化を許可した理由については憶測する事さえ憚れる事ですが私にはその意図が分かりません。両作品とも見る「影」も無い姿のアースシーでした。
気軽に楽しめるファンタジー
(2007-08-04)
アーシュラ・K・ル=グウィンの原作の思索的な世界を期待していたが、最初は全く雰囲気が違うので少々がっかりした。主人公のゲドの男優が小説で自分が有していたイメージとだいぶずれて軽薄な感じがしたのも一因。
だからといって全くつまらない作品かというとそうでもなく、Earthseaの世界を借りたファンタジーとして気軽に見だすとそれなりに楽しめた。ヒロインのテナー役の女優(クリスティン・クルック)が清楚で気品がある美人であったことが要因である気もするが。