オデットの仕掛ける駆け引きと19世紀のパリを再現した美術が魅力的
(2008-06-22)
プルーストの「失われた時を求めて」は未読なので、原作のオデット像はわからないが映画の中で描かれるかわいく、官能的なオルネラ・ムーティのオデットは適役と思った。
豊満な肉体を武器にスワンを誘い、そしてソデにする(スワンのプライドまで傷つける)オデットの恋の駆け引きはゲーム感覚的でもあり、観る者は知らず知らずのうちにスワンに感情移入して観入ってしまう。そのため、官能的なオデットと彼女に惑わされ、今で言うとストーカー的な行動にまで出るスワン(ある意味スワンの行動は幼稚ではあるが、それゆえにもともとタイプではなかったオデットにはまってしまう愚かな男の行動が見事に表されていると思う)にいつのまにか共感してしまう。そして、ラストに意外性を持たした演出もさすがフォルカー・シュレンドルフ監督の手腕といったところか(中盤にオデットの素性を知ろうとスワンの行動を巧みに盛りこんだ効果が見事にあらわれている)。
もう一つの魅力は19世紀の装飾、衣裳の再現。スワンのオデットとの恋が19世紀のユダヤ人と貴族社会のなかで展開するには十分すぎるほど自然に美しく再現されている。特に、スワンの屋敷の装飾は見事といっていいだろう。
ただ一つの不満はスペシャルゲスト的なアラン・ドロンが今ひとつ目立たない役に終始してしまったところか(これも監督の思惑なのか)。
今回はシュレンドルフ監督の「ブリキの太鼓」のような観る者に敢えてと不快感を与えるような演出は控え、抑制されたエロティシズム(かえって官能的になっているが)で完成された見事な文芸作品となっている。
読んでから見るか、見てから読むか?
(2006-10-10)
長編で有名なマルセル・プルースト「失われた時を求めて」前編「スワンの恋」の1984年映画化作品。
ユダヤ人でありながら、その教養の高さと審美眼のために、貴族達からも一目置かれ、社交界にも出入りする"エレガンスの権化"スワン氏(J.アイアンズ)。
紹介された時の第一印象では、全く好みでなかったにもかかわらず、ふとしたきっかけで、高級娼婦のオデット(O.ムーティ)に本気で恋してしまい、彼女に手痛く振り回される。
原作で、ボッティチェリの絵画の中の女性「チッポラ」に比されるオデット役は、ムーティでは少し肉感的すぎる印象だが、アイアンズのスワン氏と、アラン・ドロンのシャルリュス男爵は適役。
珍しく、A.ドロンが脇役に回った作品。
原作に合わせ、当時のファッションや家具調度品がかなり忠実に再現されて居り、プルーストの世界を視覚的に楽しむ事ができる。
因みに、「失われた・・・」の最終章「見出された時」も99年に映画化されて居り、こちらでは、カトリーヌ・ドヌーヴがオデットを、ジョン・マルコヴィッチがシャルリュスを演じている。