どこかにあるはずの「自分の家」
(2008-02-07)
人は、人生を生きるうえで、心のどこか片隅に「誰かに愛されて育った記憶」、「帰る事の出来る場所」がないと生きていけないのかもしれない。どこかにいるはずの自分の母親、どこかにある(と彼は信じている)自分の帰る場所を本能的に探し続けながら、男娼として体を売り、その日暮らしで生計を立てる主人公の姿は、実際の人生でも普通ではない両親の元で育ったリバーと重なって見えてしまう。キアヌはそんな彼を必死で理解し、かばっていたけれど、結局両親のちゃんといる自分の元々の居場所に帰っていってしまう。一方リバーには帰る場所などない。ボブのお葬式の場面では、はっきりと隔てられた二人の距離感を感じて胸が苦しくなった。両親の愛情を知らない彼は、必死で「帰る事の出来る場所」を捜しまわっている。自分でも、何を探しているのかはっきりと自覚しているわけではないだろうけど、自分がもしかしたら本当は人に愛される価値がない人間だからこんな状況になったのかもしれないと、いつも心の中で自問自答しているように見え、その失われたアイデンティティへの苦悶が「眠り病」につながっているように思える。
ラストは救いがあるとはいえないけれど、実際のリバー・フェニックスの幸せとはいえない人生とともにずっと胸に残っている作品です。
最初は理解に苦しんだ
(2007-10-02)
理解に苦しんだケドRiverの出てる映画だから逃さず見てたら何か泣けてきて人間として少年としての居場所。大人になれない子供。色々自分に当てはまるような事もあって何回でも見れる!ラヴシーンが見やすい!
瑞々しい演技が光るロードムーヴィー
(2007-03-05)
処女作『mala noche』と同じくテーマに同性愛を扱っており、ガス・ヴァン・サント監督は『mala noche』のすぐ後にこの映画を撮る構想を持っていたようです。
つまり『mala noche』を助走に撮られた作品です。
インディペンデントである『mala noche』に比べると俳優陣はぐっと豪華になりましたが、ハンドを使ったラフなカメラワークや映像に対する冒険的なアイデアは変わっていません。
若い俳優たち、時には素人をカメラの中で自由にのびのびと動かし、そのピュアな、素のままの魅力を引き出しながら映画を作り上げていくのは、この監督のもっとも得意とするところでしょう。
主役の2人は監督の意によく応え、自然体のフレッシュな演技で光を放っていたと思います。
どれほどタブーな題材を取り上げようと後にはピュアな印象が残る、ガス・ヴァン・サントらしい映画です。
哀愁漂う
(2007-02-05)
不安定な心情を切なさとどこかコミカルな雰囲気で包み込んだような作品。
キアヌリーヴスとリヴァーフェニックスが好演していて仕草一つ一つが美しい。
結局帰る場所のないマイクを見守る兄にどこか救いを見出せばいいのか? 兎に角、時代と世界観にいい感じに浸れるような作品。
寂しいが妥当な結末
(2006-12-17)
故リバー・フェニックスとキアヌ・リーブスの共演作。リバー自身も好きな作品としてあげていたという、演技に開眼した青年期の代表作。
人の心の脆さ、不安定さを体現したかのようなマイク(リバー)は、悲しいくらい綺麗で、ある意味原始的に純粋で、そして刹那的。
人は誰でも過去を持っていて、たどって来た道がある。自分では選択の余地の無かった環境的要因に取り囲まれている。背負いたくない荷物を背負って道に迷うこともある。人は幼児期のトラウマを乗り越えるために、非常に多くの、下手をすると自分の大半のエネルギーを注がねばならないこともあるそうな。でもそれらとどうにかこうにか決着をつけて歩き出すのが大人になるってことかもしれない…。
その作業は、最後は一人でやらないといけないかもしれないですが、心を通わせられた誰かに傍にいて、見ていてもらえたらと思う。
取り留めないですが、そんなことを思わせる作品です。とても、強い余韻が残ります。