海の恐竜「大和」は進化の袋小路に迷い込んだかのようにして滅びていった・・・・。
(2008-06-19)
お正月映画では洋画の「キング・コング」と並ぶ邦画の目玉でした。
日本艦隊のシンボルにして最後の砦、「海の恐竜」戦艦大和と運命を共にした人々を、現代日本と時代をリンクさせて描く。
太平洋戦争末期・・・・・。日増しに形勢が不利になっていく日本軍。海軍は事実上壊滅状態となり、戦艦大和はその巨体の真の力も発揮できぬまま、ただ生き恥を晒しているに等しい状態だった。
莫大な建造費を費やして造られた艦も、計画時には「不沈艦」「世界最大の戦艦」などと賛美されたが建造に時間が掛かり過ぎ、完成時にはすでに海の戦闘の主役は「飛行機による爆撃」に取って代わられていた。
そんな海戦の進化の過程から淘汰される定めにあった「海の恐竜」は、本土への空襲の激しさを増す中、沖縄への出撃を命ぜられる。最早、勝ち目は到底無く、沖縄到着の前の撃沈を覚悟しての乗員・3333名を乗せての「死出への旅路」であった。
視点は下級仕官から語られる。年にして現在の高校生に当たる16歳・17歳の者までもが戦場へ赴かなければならなかったという衝撃。少年たちの準備していたはずの「死への覚悟」も実戦の苛烈な経験の前では、まるで泡の如く儚く砕け散るのみであった。迫り来る数百機の爆撃機が韋駄天の速さで視界を駆け巡るのに対して、それを迎え撃つ「世界最強のはずの戦艦」の攻撃は大半が下級仕官による「手動作業」だった・・・・。
巨体ゆえの小回りの利かなさに、大和は群がる戦闘機の「格好の的」と成り下がるシーンの数々は悲劇すらも通り越して「悲惨」のひとことだ。弾丸は補充できても、それを運び、込める人間の補充はできない。爆撃が命中するたびに仕官の血が飛び散り、命が失われ、大和自身の攻撃も沈黙せざろう得なくなる。
「日本版プライベート・ライアン」といっても差し支えの無い戦闘シーンの迫力は戦艦の「なぶり殺し」という表現がピッタリと合っていて、堪らなかった。
数時間も持たずの沈没は、遠く九州の鹿児島県の岬からも吹き上がる炎が目視で確認できたそうだ。
海上にからくも難を逃れて救助されたのは250名ほど。残りの3000名を超える人員は大和と共に海の底に沈んだ。配置場所の違いで生死が分かれたと思われる。爆撃を受ける可能性は高くとも、魚雷による損壊、そして海水の流入によって逃げ場を失い溺死する危険の高かった船底よりは甲板のほうが遙かにマシだった。
エピソードは終始「悲しいもの」ばかりが続く。主人公が九死に一生を得て故郷に帰るも、無事を祈って待っていてくれていたはずの少女は広島で原子爆弾の犠牲となっていた。唯一の希望は、片目を失っていて最後の戦いの前に潜り込んでいた将校が生存していたこと。そして戦後は身寄りの無い子供たちを多く引き取って育てていたことだ。老人となった少年との再会は叶わなかったが、その娘は父の遺志を継ぎ「大和犠牲の3000名超の兵士の英霊に導かれるようにして」約束の場所へとやってきた。かつての戦友であるところの男を「道案内役」として従えて!。
「救いようの無い展開」に最後の最後で指し示された「希望」。大和の沈没場所、墓所であるところの海からの帰還の舵を取ったのは戦争を知らない「若い命」だった。
「この生命を守るために我々は戦ったのだ!」
そう大和と共に散った3000名の命が、そして戦争を通して失われた多くの生命が無駄ではなかったと信じることの出来るラストシーンに、映画の冒頭で調査のために数十年ぶりに海底から引き上げられたという「大和の遺品」と共に最後に「観客自身」も深い悲しみの海底から浮上できるのだ。
軍事オタクは観ない方がよい。というか観るな。
(2008-05-12)
この映画の批評を拝見していると、軍事オタク知識に拘った非常に的外れな意見が多すぎるような気がします。映像に大和の左舷しか写ってないだの何だのと、史実と比較して突っ込むのは別に構いませんが(私はこの様な事で映画の批評をする人ははっきり言ってKYだと思っています)、この映画は軍事知識に詳しくない人の鑑賞にも耐えられるように脚本がされた映画です。観る際にはもっと素直な考えで観るべきですね。映画で描きたかったのは大和特攻(菊水作戦)に参加して死んでいった若者達や、残された者達あるいは生き残った者達の苦悩を表現し、菊水作戦の意味や十代程の若者が戦い戦死していかなければならなかった時代を考える作品なのです。史実に沿った映画を観たいと言う人は、自らメガホンを取って制作するべきです。
別れの連続
(2008-04-03)
映画館で見たとき、昼間にもかかわらず中高年(というか初老)の男性たちで結構いっぱいで、それがみんな泣いたりしていて、びっくりしました。もうそのことに何だか感動して、私の涙腺も緩んだのでした。
映画は戦友との別れ、恋人同士の別れ、母子の別れ、ともう、別れのオンパレード。別れの見本市です。別れは本来、一番盛り上がる場面なんでしょうが、後半はほとんど別れの連続なので、だんだん麻痺してきます。こんな緩急のないクライマックスばっかりみたいな映画でいいんでしょうか?でもこれがお年寄りにとってはいちいち泣けるのかも知れません。
場面の一つ一つはなかなかいいところもあります。蒼井優も良かったし。大和のセットも見事です。戦闘場面は「ライアン以後」なのでかなり迫力ありました。でも、役者の演技があんまりにも型どおりの熱演過ぎたり、ノレない場面もあります。それで、全体の評価としては、とにかく熱のこもった映画ではありますが辟易する、といったところ。見ていて感動しそうになったり、しらけそうになったり。もっとすっきり感動させて欲しかったです。
何処にでも…
(2008-03-05)
…いるんですね。
何でもかんでも湾曲した見かたで見て憂さ晴らしに批判したレビューを書き込んでは良い気分になっている皮肉屋の人達が…。
そんなレビューの名を借りた戯言を見ると「いったいどんな思考回路をしている人間なのだろう??」とヘドが出る程うんざりとした気分になります。
そんな人達はいったい何様なのでしょう??
匿名で自由に書き込めるとは言え恥ずかしくないのでしょうか??
隔たった見方の一方的な批判はレビューではありえないと思いますし、作品の善し悪しを判断する材料にはならないのではないでしょうか??
もっと冷静な見方でレビューを書き込まれたらいかがでしょうか?
わたしはこの映画を「素直な気持ち」で見ましたので感動いたしました。
思い入れが強すぎる
(2008-01-06)
広島で勤務していたときに上映されたので、撮影に使われた張りぼての「半分大和」や呉の大和記念館(どでかい模型がある)などに行った。酒にも「男達の大和」ラベルがでたし、プラモも大売れだった。お祭り騒ぎだったが、しかし、熱は冷めた。映画は大和に対する思い入れが強すぎて、何もかもそれに追いついていない。筋はあくまで携わった者の個々の話で組み立てられただけなので、造船の経緯や撃沈の本当の意味が語られていない。日本という国にしても「三大バカ査定」の戦艦大和に対する総括が未だ行われていないので、無理かもしれない。画面的にも巨艦映画は実物がないと話にならない。トップガンなどを見れば一目瞭然だ。やるせなさだけでは後世に残る映画は作れない。