「主張の正しさ」と「映画のデキ」を分けて考えた場合。
(2008-01-24)
80年代、アメリカの片田舎で起こった実際のセクハラ訴訟をネタにした映画(らしい)。それはまあ、男の目から見ても凄まじい女性虐待振りが描かれており、political corectnessの塊りのような映画に仕上がっている。極端な例だとは思うが、つい最近までアメリカでこんなことが実際に行われてたという事実にまず驚くし、その意味ではこの20年は男女差別の解決になんてもちろん到ってないにしても、まだ事態は多少は進展しているのかどうか、考えさせられる。
一方で、事実だったなら問題視したくないのだが、弁護士と原告、親子、教師と生徒、上司と部下、等など、あらゆる人間関係が「男女」を軸に描かれている設定はやはりエンタテイメント化しすぎな感は否めない。(そこまで観衆はバカだろうか?)また、男性弁護士(=彼はヒロインに魅かれているものの、劇中で唯一口説かない理性的な男と描かれる)の激情が法廷シーンでの鍵になるのだが、法廷劇としてみた場合、この展開は「男らしさ」を問うだけで単にヒステリックだ。この映画のpolitical correctnessを僕は疑わない。ただ、ピュアに映画としてのデキは並程度なんじゃないかと思う。(特に脚本。)この手の通俗的な脚本というのは、どんなにpolitical correctであっても、実は米国内映画マーケット内での位置づけとしては、日本での橋田寿賀子みたいなもんなんじゃないか。(主張は真逆だとしても。)そんなイージーでいいはずがないので、このフェミニズム路線ではもっともっと凄まじい、映画史を変えるような名作が必要なんだと思う。
ところで、シャーリーズ・セロンの美貌は相変わらず素晴らしく役者根性も座っているが、なんかスカっと正統派美形女優にふさわしい役柄をたまにはあげたいかなあ。
歴史は一人の勇気から動く
(2007-08-16)
鉱山における性的差別とそれに立ち向かう一人の女性を描いた、実話に基づく作品。
女性が歓迎されず、卑劣なセクハラが横行している鉱山。
女性たちは精神的苦痛を味わいながらも、「訴えれば、さらにひどい仕打ちが待っている」と立ち上がることをためらっていた。
「メシのタネを失うのが怖い・・・」
正しいことが無力な現実において、それを弱者が打ち破るのは絶望的に思える。
その状態が安定ならなお厳しい。
シャーリーズ・セロン演じる主人公は、その現実に勇気を持って立ち上がり、次第にその勇気が人々の心を動かしていく。
特に印象的なのは、集会のシーン。
男性の罵詈雑言を浴びる主人公に対して、主人公の父親がその労働者達の前で、
「自分の娘だったら、そんな汚い言葉をかけるのか?」
と声を掛けたとき、荒々しい労働者が、一瞬声を弱めてしまうところ。
この「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」精神が、人に正しい道を気づかせる根本原理なのかもしれないと思った。
人の心を動かすのは、最後には、勇気。
知らぬふりをしたくなるような真実を話す勇気こそが人を動かし、
世界を変えていく。
「クジラの島の少女」のニキ・カーロ監督による最高に上質で有意義な作品です。
男が観るべきセクハラをテーマにした作品
(2007-07-27)
ひとことで言えば、鉱山で働く女性がセクシャルハラスメントを受け、会社を訴える映画だが、横暴な男たちが襟を正して見るべき作品だ。
常々、男は群れをなすと自制心やプライドなどなくなるものと思っていた。
炭鉱の頑強な男たちの同僚の女たちに嫌がらせと、職を失うことを恐れ口をつぐんでしまう同僚たち。組合と会社、巨大な組織の力におびえ、ひとり立ち向かおうとする女の孤独を見事に描いている。
後半に繰り広げられる、彼女を守る友人弁護士と女性弁護士の法廷闘争。
次々に繰り出される歪曲された過去に、立ち向かう彼女の真実の叫びに、心を揺り動かされていく。
セクハラをテーマにした事実に基づいた法廷闘争の映画だが、一人の女性の勇気ある叫びから、家族愛を取り戻し、友情を育んでいくヒューマン映画でもある。
第一歩
(2007-04-08)
自分が女性なだけに当然こういったセクハラ関連の映画は見ていて辛そうで、少し敬遠していたが、やっぱり辛かったしイライラもしたけど見てよかった。
特に割りと悪役が多いイメージのショーンビーンの役どころよかった。セロンの息子が母親への嫌悪(本当は愛があるのでしょうけど、思春期だし)を口にするシーンでのショーンの台詞はよかった。各キャラクターの表面とは違う心理や葛藤もわかる深い演技の役者が多くとてもひきこまれた。
実は私自身ヒステリックに男女平等を唱えるのはあまり性に合わない。
女性であることでの恩恵を受けるのに、自分の都合で男女平等を持ち出す考えの女性が多くいることも確かだし、そのへんの矛盾を感じることも多々あるからだ。
だからといってこういった問題は許されるものではないし、実際に勇気を持って、昔に比べると比べ物にならないであろう今の社会における私達の恵まれた立場へ大きな一歩を踏み出してくれた女性たちに尊敬の念を抱かずにはいられない。
綺麗ごとの理想論を承知で、男性女性関係なく皆がお互いを敬い尊重していける世の中になればと願わずにはいられない。
尊厳を求めて
(2007-02-24)
史上初の職場でのセクハラ集団訴訟の本、「集団訴訟クラスアクション」を元に「映画化」という以上、完全なノンフィクションではないであろうが、それを差し引いても、尚、感動を呼ぶ作品だった。特典映像に出てくる女性達が語る真実が更に心に響いた。
パッケージのど真ん中にシャーリーズセロン。思わず観たという人たちが居たのではないか。かく言う私が、まさにそう。この手のシリアスドラマは一人でも多くの人々に観てもらわなければ意味が無い。汚れメイクでも隠せない「美しきセロン」では少々現実味を欠く気もするが、目をつぶろう。
「セクハラ」と共にもう一つ問題提起されていたテーマは「シングルマザー」。子供のためならどんなに苦しいことにも耐えてみせる「母性の力」と「母の愛」というものを改めて思い知った。
主人公の孤独な戦いが、一人ひとりと共感者が増えていく。法廷で、一人また一人と立ち上がる人々。あの「スタンドアップ」シーンがやはり一番の見所といえる。