博士のシンプルな生き方に共鳴。
(2008-04-20)
博士は交通事故により、記憶が80分しかもたない。
その分、「地の自分」というのが見えてくるが、博士のそれは
数学や数字を愛する心と、子どもへの深い愛情に満ち溢れている
ものだ。子どもを心から愛する姿、数学の魅力を伝え、それに
感化されていく家政婦とその子どもである「ルート」。
そんな姿を見て、感動と共鳴を受けた。
自分も博士のような人から数学を教わりたかった、という気持ちや、
家政婦の心の優しさ、真心が琴線に触れた作品だった。
ただ、後半の謡の部分のシーンは長すぎたように感じたので、
☆4つとした。
おとぎ話の世界
(2008-02-08)
殆どあり得ない設定、つまり記憶の保持が続かない数学者、それを経済的に支えられる未亡人、献身的な家政婦、数学と野球にのめり込む子供などなどおとぎ話的世界の映画。しかし、それだけに今の日本には見られないようなきれいな世界(人情、風景、風物など)が描かれていて、まさに佳作と行っていい作品。ただし、80分しか記憶が持たない事実が曖昧にしか感じられず不満が残る。
ブレイク 永遠の詩
(2007-09-23)
小川洋子さんの小説はあまり好きではないので原作を読まずに観ましたが、とても美しい詩的な映画で楽しく鑑賞しました。数学が大嫌いな私などでも数式にこんな仕掛けが隠されているなんて…と感嘆。幾分幼さを残して成長した√少年が、敬愛する博士から授かった数学の恩寵を教師となって語り継いでいくストーリーにぐんぐん引き込まれました。映画「21g」の中でもショーン・ペン扮する数学教授が、“人生や宇宙には必ず数式が隠されている。数は扉…人間より大きな謎を理解する為のね。二人の人間の出会いは幾多の要素が関わる。それが数学というものだ”と美しく論じていた。 博士を取り巻く人々の間にも目には見えない大きな繋がりが見えて、そういったものを運命と呼ぶのだろうか。優美な音楽に包まれて感動的な海辺のラストシーンにウィリアム・ブレイクの壮大なる詩が重なる。古代から存在してきた海の果てしなさの前に、人間はかくも小さく、だからこそ一瞬一瞬を永遠に変える心を持ち続けたいと願う―泣かせる。
小説よりこちらをオススメします。
(2007-09-08)
原作よりずっといい。原作の嫌いな部分がうまいこと回避されていて私は断然映画派。「記憶が持続しない悲劇」
を物語の焦点からずらしているところがいい。ポイントはルートの誕生会がつつがなくとりおこなわれるかわり
に、家政婦に対してなされる女主人の告白が添えられる。原作では誕生会の出来事が、記憶が持続しないことの
悲劇性を強調し、それが物語の核心のようになっていた。映画では義姉との関係において博士の時間(過去)を
それとなく浮き上がらせるほうに意識が向いている。物語の本質は〈記憶が持続しない悲劇を抱えた博士との出
会い〉ではなく〈悲劇的な人生を抱えた博士との出会い〉にこそあると思う。記憶が持続しないという症状(現
在)より、その背後に潜む人生、見え隠れする苦悩と後悔(過去)こそがストーリーをいっそう普遍化し、単な
る浮世離れした数学者ではなく博士の人としての業を垣間見せ、時間の奥行きを想像させることで観客の共感に
訴えるものになっていく。映画はそれを分かりやすく示した。そして原作ではあまり感情移入の余地がなかった
家政婦も──私は家政婦の視点で書かれた原作の文体に違和感を感じた。淡々と客観性を保とうとする印象を受
ける反面、澄ました一人称の中に過度な表現が見え隠れする。「救いようもなく傷ついたのはケーキではなく、
テーブルクロスだった」とか、「私たちが払ったごくささやかな労力に比べ、彼が捧げてくれた感謝の念はあま
りにも大きかった」など、やや大仰な修飾表現が平静を装った文体と不釣り合いで、共感しづらい引っかかりに
なった。──映画ではその役を演じる深津絵里がとても可憐で可愛らしいので知らずストーリーに引き込まれて
いく。「君が料理を作ってる姿が好きなんだ」と博士が呟いた頃にはこちらもそんな気分で眺めていた。また作
品の魅力である数学の話を大人になったルートに語らせるのも明快で印象に残りやすい良いアイデアだと思う。
解けない数式などない
(2007-08-31)
『ことわりを 諭す数式 あざやかな 記憶ひととき 時は流れず』