現実味なし
(2007-08-02)
江戸時代の暗い残酷な遊女の世界を、何とか現代の青春映画にように仕立てようとしてはいるが、所詮無理な試みで、見ていて全く現実感がない。それが黒澤の狙いであったかもしれぬが。もう一つのレビューで、この映画を芸者の話だとしているが、全くの知識不足である。
まだまだゲイシャは健在です。
(2006-07-15)
アメリカのビデオ・レンタル屋で見かけました。黒澤明脚本。もし黒澤監督自身がこの映画を作っていたら、どんな作品になっていただろう?などと皮肉な感想がつい浮かびます。でも、本当にアメリカ人はゲイシャ好き。さすがは「蝶々夫人」の伝統か?4年ほど前に、例の映画「サユリ」の原作になった「メモリー・オヴ・ゲイシャ」がボストン近郊在住の著者によって上梓されベストセラーになった事が記憶に新しいです。こちらボストンにはこの本の他にも、本物のゲイシャさんがご自身の自伝のサイン会にいらしたついでに、セイラムのピバデイー美術館で踊りを披露?などという会があり、アメリカ人が所狭しとぎっしり詰めかけていました。だから、こういう映画は国際派です。古き良き日本の姿。それは単に着物にちょん髷じゃない、日本人の美しい心の姿がありますね。
ひたむきに武家の青年を慕う娼妓。青年にとって所詮彼女は自分と同等の人間ではない。「北の国から」の純クンにこの若侍はキツかった。全然似合ってません。却って身分の低い方の男をやらせた方がいい演技になったと思います。多分、市川染五郎なんかがむしろハマリ役じゃなかったでしょうか?名門の男はお嬢様と結婚するのが当たり前。そういう性格の演技が自然に決まったんじゃないかと思います。
そういう意味でも芸者は永遠です。男にとって、美しい清らかな妻とともに、妖しいそして惨めな官能に生きる女は必要不可欠です。古今東西を問わず、芸者はそうした後者を生きる最も美しい東洋の宝石です。