最後までウブな寅さん
(2007-02-07)
寅さんとリリイの恋、満と泉の恋。
どちらも不器用な恋ですが、満に「ぶざま」な告白をさらけ出させた泉が、婉曲に示唆するにとどまるリリイを一歩リードしたということなのか。いや、一つ屋根の下に暮らしながら男と女の関係にならない寅さんのウブが勝るのか。
毎度おなじみの設定で、振幅の少ないヴァリエーションとしてのドラマを創造するのは並大抵のことではないだろうと思いつつ、寅さんとリリイに抜き差しならない場面があったらと想像してしまいました。でも、山田洋二監督はそんな野暮なことを最終作でするわけがないですね。寅さんはあくまでも寅さんなのです。
銚子セントラルの閉館無料上映会で拝見しました。寅さんとともに、人々の胸の奥に生き続けることを願います。
静かに終わった寅さん最終作
(2006-09-07)
肝臓癌に侵された渥美清の体力の衰えは誰の目にも明白で、撮影現場にいた人は皆、この作品が寅さんシリーズの最終作になると分かっていたのだと思います。声に力が無く、普通に座っているのも辛そうな寅さんは痛々しかったです。その中で、寅さんを看病し、その死を看取らんばかりのリリーの存在は大きかったのです。ストーリーはもはや満男と泉が主人公になっていますが、二人の明るい将来が暗示され、最終作にほっとするものを感じさせてくれました。合掌!
見事な引き際
(2005-10-05)
第48作にして最終作、
かつてロードショーで見たときにはまさかこれが最後になるなどとは露ほどにも思わなかった、あっさりした作品だなと思った記憶はある、
主役である渥美清の死去により松竹は潔くシリーズ終了を発表した、もしあのまま継続していれば、既に笠智衆はなく、レギュラー陣が一人欠け、二人欠け、とさみしい状況に追いこまれて行った可能性は高い、当時の松竹の厳しい経営状況を考えればとにかく正月興行には必要だったのだから、華のない老人映画化した可能性も高かったとおもう、
こうして見なおせば製作者側はすでにこれが最後となるだろうことを予想していたことも間違いないと思わせる、満男と泉、寅とリリー、それぞれの恋愛の行く末には一応の決着が付き、とら屋は三平が後を引き継ぐだろうことも暗示されているのだから、
撮影時、渥美のあまりの衰え振りに浅丘はひとり涙したと伝えられる、そんなエピソードを知ってみれば特に後半の演出の落ち着いた様子にはとてもしみじみさせられ、正に最終作に相応しい、しかし、国民的映画のラスト・シーンがチマ・チョゴリで踊るシーンになってしまったのは少々残念ではある、
渥美清の老いと「死」を予感させる寅さんへの挽歌
(2005-08-17)
この48作目が最後の作品となるが、最後のマドンナはやはりリリーだった。撮影中のドキュメントをNHKが放映、その姿は渥美清の老いと死を予感させるものがあった。悲しいけど、そう感じた。渥美清は本来寡黙な人だったらしい。人前で寅さんを演じるのは辛いとも漏らしていたが、その本音がかいま見える作品でもある。しかし、通算20数年にわたり、シリーズで48作というのは凄い。かっての張りのある威勢のいい声はなかったが、その分、リリー役の浅丘ルリ子が物凄い存在感を示していた。出演者、スタッフともどもこの作品が最後の作品と感じていたと思う。見るのがちょっと辛い映画だが、寅さんへの挽歌と私は思っている。長い間、楽しませてくれてありがとう、そして、ご苦労様でした。