今なお素晴らしい いや今だからこそ彼らの魂を蘇らせたい 名作の名に恥じぬ永遠の名作
(2007-08-27)
私はニューシネマが大好きなのですがなぜかこの歴史的名作は見たことがなく今回初視聴しました。そして素晴らしかった。デジタルリマスターした画面はとてもきれいで時代を感じさせません。そして全編通じて現代ロードムービーには見られない「風格」があります。リアルタイムで見ていた人達も当代流行のバイカー映画などとは違う「それ以上のもの」を感じた訳です。だからこそニューシネマの金字塔と特別視されるのです。現代の映画ファンが見たら「何これ?」という感じを受けるかも知れませんがそれこそがこの映画が偉大だった証し。ハリウッド的ルーティン映画文法に風穴を開けた作品なのですから。例えばヒッピーの食事シーンでカメラがぐるりと一周してコミューンの人達の顔を一望する素晴らしいシーン。レストランで侮蔑される衝撃の場面は本物のレッドネックを煽って撮影したものですが、あの生々しい差別表現と態度は今もって(いや今だから?)ハリウッドでは封印されている醜い米国の姿です。娼婦二人を連れ出した後の荒れてシュールでサイケな画面はフィルム管理が悪かった影響なのですが、LSDによるトリップ表現に見事な効果を上げました。こんな実験的名シーンがいっぱいあります。画面だけはテクニックとして模倣できますがその魂はなかなか付与できません。そしてその魂を感じるからこそラストで無人のハーレーが炎を上げて疾走し、そのまま真っ直ぐ伸びた道と河の上空画像が“イージー・ライダーのバラード”とともに流れた時に感興極まるのを止められない訳です。最後の夜「フロリダで大金持ちだ」「Blow」のやり取りはその究極です。諸説解釈があるこの名シーンは彼らの運命を予兆する挽歌的シーンで、この映画が伝説になった1つの要因になったものと思うのです。この様に語っても語り尽くせぬ魅力が横溢しています。手軽に所有できるようになったことに感謝して是非ご覧下さい
美しきアメリカ
(2005-02-14)
こういう見方は邪道なのかもしれませんが、映し出されるアメリカの風景にほれぼれします。光、そして、荒野。荒野に伸びる道を走っていくバイク。ピーター・フォンダのバイクから、なめらかに離れていくデニス・ホッパーのバイクの絵が忘れられません。ラストの空撮も、突然ベトナムが現れたみたいで印象深いです。
特典のドキュメンタリー物も掘り出し物です。いい年になった関係者達が、本当に楽しそうに当時のメチャメチャ振りを振り返る。でも、背景をみるに、ほとんどの人が豪邸暮らし...きみたち、好き勝手やってずるいぞ、と泣けてきます。撮影秘話などは、本当に面白い。
「若いとはこういうことなのだよ!」
(2005-01-11)
そう観る者にメッセージを叩きつけている様に感じるのは私だけでは無い筈。いくら時間からの制約から解放されようとしても、法や規則を破ってみても、自分を縛る鎖の存在が日に日に大きくなっていく。自由を求める事によって不自由である事を痛感する事になる矛盾、その矛盾に抗う事により無力な自分に気づいた時の絶望感、誰もが若いときに通り過ぎる「はしか」のような稚気を瑞々しく描ききったこの作品は、私にとっても青春であるといえる。
言い古された事だが、逆光をうまく取り入れた撮影手法や最後の引きのカットなど、斬新でありクラシックである。音楽も、映画の内容とあいまってカラ元気で背伸びした若者像を際立たせている。
アメリカの矛盾が全て描かれているような・・・
(2004-11-29)
「アメリカはいい国だったのに、どうしてこうなっちまったんだ?」
「臆病になったのさ」
「何をそんなにビビッてるんだ?」
「あんたの格好が象徴してるものだよ」
アメリカ美化運動などという運動が行われているさなかに、デニス・ホッパーが演じる挑発のバイカー、ビリーと、ジャック・ニコルソン演じる酒浸りの弁護士ジョージは、夜中に焚き火を囲んでこんなことを話す。
また、映画の最後では、ピーター・フォンダ演じるキャプテン・アメリカとビリーのバイクが、良きアメリカを象徴するような純朴な農夫のトラックとすれ違いざまに、そこであまりにもあっけない衝撃的なラストを迎えてしまう。
上に書いた焚き火を囲んで話される会話と、この映画のラストシーンはアメリカという国が孕んでいる根本的な矛盾をこれ以上無いほど巧みに描いているような気がする。この映画に描かれている「自由」や、この映画の登場人物達のような暮らしに安易な憧れを抱いたり、それを短絡的に校訂したりするつもりはないが、キャプテン・アメリカとビリーのような人達を積極的に生み出すことと、そういった人々を積極的に排除することとを同時に行っているアメリカという国自体にも安易に肯定的な立場は取れない。
この作品では主演のピーター・フォンダとデニス・ホッパーが、それぞれ製作と監督も努めているが、彼らがこの映画で描きたかったものは、当時の若者が歌い上げた「自由」に対しても、その「自由」を奪おうとするアメリカという巨大な体制の側にたいしても、ともに共感することができないという彼らのメッセージではなかっただろうか?
最後に、この映画の中では何度か主演のピーター・フォンダの横顔がアップで映し出される。「知的な男の横顔とはこういうものか・・・」彼のどこか物憂げで満ち足りない横顔を見ながら、ふと、そんなことを思った。
自由と反抗のメモリアル
(2004-11-09)
若者が能動的だった時代から内向的な自由を求めだした時代
保守的なものに反抗しつつ無視を装い似た者同士が集まり自由を語り合った時代
自分を解放する事で一時の自由を得る為の薬
世の中の価値観が大きく変わりその事について行くことを拒否する若者とそれを拒否する大人たち
何かしようと動いていた時代のニューシネマの名作
そうしてウッドストックジェネレーションを最後に若者達は暴力的で無関心になっていった