Pippie Movement(60's)が生んだ殺人者、C.Manson
(2004-11-30)
60年代の終わり頃、先のベトナム戦争、公民権運動などアメリカが揺れに揺れた時代に現れた『Pippie Movement』の一つの顛末。
C.Manson famiryが起こしたシャロンテート事件までに到るfamiryの経過を再現ドキュメンタリー形式で制作された作品。内容については他のレヴューで触れられているが、個人的には人格形成に大きな影響を及ぼしたと言われているC.Mansonの幼少期の頃(元々、売春宿で生を受けたとされている)などが、触れられていないなど単純に事件とfamiryの経過をドキュメンタリーにしただけなので評価としては☆3つ。
しかしながら、映像は凝っていて60'sの雰囲気を程よく醸し出しており、見るも無残な殺人のシーン等もわざと「B級ホラー」テイストで演出するなど一歩間違えればドキュメンタリーというよりも、悪趣味な映画一歩手前な映画となっている。
あと、劇中に出てくる悪魔の声と音楽(Superjoint Ritual、Body&Blood、Southern Isolation)になんとPhilip Anselmoが大きく関わっていることも特筆すべき点である映画。
やはり人間は怖い
(2004-10-26)
チャールズ・マンソンの率いたカルト集団は、フリーセックス、ドラッグ、ロック、ヒッピーとカウンターカルチャー時代にアメリカの若者を捉えた全ての要素を持っていた。彼らは、現実の不条理に背を向けて、隔絶した世界でユートピア的空間の実現を夢見たが、それは結局のところ広い世界から孤立していたがゆえに、自閉的になり実感覚から遊離し、現実生活空間との接点を喪失した。こういうのを見ると、すぐにオウム真理教のことを思い出すが、格別カルト集団に限らず、国家であれ個人であれ同様のことは起こり得る。「何百万人という子供が生まれ、(不条理に)殺されてゆく」現実にあって、一人の子供を殺すのがどうしたというのか。作中、信者の女性が語る言葉であるが、こうした感覚が共有されうる素地を現代社会も十分持っていることを我々は忘れるべきではあるまい。神と悪魔を隔てる境界は決して自明のものではない。
やや微温的に開始された本作は、半ばドキュメンタリー形式をとりながら、世にも凄惨な結末へとなだれ込んでゆく。最後の30分間に繰り広げられる殺戮の嵐は、人間のもつ狂気の側面を見る者の脳裏に焼き付ける。
確かヴェス・クレイヴンだったか、ヴェトナム戦争時代のアメリカ青年の怒りと狂気を描いた似たような作品を作っていたと思うが、タイトルは忘れてしまった。
Charlie
(2004-09-29)
米国が全盛期を迎えていた1960年代の終わり、世界中に衝撃を与えたC.Manson率いるManson Familyの連続殺人の実録映画。フリーラブとドラッグという全米に広がっていたヒッピー文化に溶け込んだMansonは、そのカリスマ性から彼を崇拝する取り巻きとともにFamilyを形成。キリスト教やビートルズの歌を独自に解釈し、ヘルター・スケルターという終末戦争の到来を予言し、無垢な若者を新たなる救世主Mansonの忠実な使徒として支配した。欲望と絶望の果てに彼らはカリフォルニアで殺戮を開始する。死刑判決を受けたものの今なお獄中で行き続けている恐怖のカリスマとその一味の凶行が生々しく描かれている。しかし、逮捕・裁判の場面や幼少期の凄惨な体験などはない。
三大凶悪殺人鬼ということだが、個人的にはManson,Bundy,Gacyだと思うのだが...