キューバ危機の13日間と大統領特別補佐官
(2007-09-10)
「JFK」でジム・ギャリソンを演じたケビン・コスナーが、キューバ危機の時期のケネディ大統領の特別補佐官として登場。特別補佐官のケネス・オドネルという人は、実在の人物でケネディに影響を与えた人として有名。
第3次世界大戦の引き金になるのではないかと危惧されたキューバ危機だが、この危機の乗り切ったのは、ジョン・F・ケネディ、ロバート・ケネディとケネス・オドネルの努力だと言われる。彼らは、当時30歳〜40歳台の若き世代。彼らが、世界を戦争から救ったといえば聞こえはいいが、映画では13日間の出来事が克明に描かれている。
米ソ冷戦時代の最大の危機を振り返り、将来の識見としていきたいものです。
キューバ・ミサイル危機
(2006-01-30)
冷戦期である1962年10月、アメリカに最も近い位置にある共産主義国キューバに、ソ連から長距離弾道ミサイルが運ばれている事をアメリカの偵察機が発見した。
ケネディ大統領はソ連のフルシチョフに対してミサイルの撤去を要求するが、なかなか応じない。ついには海上封鎖、そしてアメリカの偵察機が追撃されるなど関係は悪化し、核戦争寸前の状況で両者の交渉は続いていく。
本作品は、このような『キューバ・ミサイル危機』を描いた作品であり、登場人物も当時の人間に似た作者を使っている所はおもしろいと思う。
あの緊張感・わすれること不能。
(2005-12-30)
1962年のキューバ危機はどのように回避されたかという内幕もの。
ぼくは当時高校3年生。
核戦争勃発か、第二次世界大戦か。人類滅亡か。危機感ひとしお。
回避されるまでの経過は十分伝わらなかった。フルシチョフが悪人になり、ケネディー大統領が最高の賞賛を浴びた。
ケネディー神話の始まりである。当時、ケネディーがどんな立場にいたのか、またフルシチョフの立場はどうであったのか想像するなどできなかった。ケネディー兄弟が牛耳る大統領府、そこに第三者として一緒に仕事をする男。微妙な関係である。ケビンコスナーが複雑な役割を演じる。しかし、映画、微妙な表現は伝わらない。観客はお子さまランチはいない。年寄りが多かった。いい雰囲気。
おそらく激しく評価が分かれるとは思ったが。
(2005-04-29)
この映画を見る視点をどこに置くかで、この映画の評価は正反対になると思う。
政治的な立場を一時おくとして、指導者の決断、苦悩、困惑、それを支える人間たちの気遣い・・・といった視点から見れば、☆は5つにもなるでしょう。
他方、アメリカ合衆国(特に最近の現状)への政治的な批判から見れば、自分の国に都合のいいプロパガンダだという方向でネガティブな評価となるでしょう。
僕は、この事件が起こったときには、まだ小学校一年生だったので、
実感としての歴史体験がありませんので、政治的な立場を抜きにして見てみたいと思います。
他の映画のレビューでも書いたのですが、「クリムゾン=タイド」とか「エグゼブティブ=デシジョン」のように指導者が極限状態でどのように苦悩し、判断をしていくのか、これは、日常の幸せや不幸を扱った映画と違ったジャンルの興味深い分野と思っています。
JFKについては、その後得た知識や認識から含むところもありますが、そこを別にすれば、この映画は、刻一刻変わる情勢の中で、人類の運命を背負ってしまった人間の苦悩と決断がよく表れていると思います。
歴史認識としてここに表現されたものが真実か否かは別にして。
冗談じゃない!!
(2005-04-09)
ケネディ伝説に乗っかった大国の、しかもきわめて一方的な視点から描いた作品。見えない敵(ソ連)と、何らの存在感も持たないカリブ海の小国、キューバ。実際には、アメリカは59年のキューバ革命政府樹立以降、カストロ抹殺を目的にCIA工作員の手でキューバでの破壊工作(キューバ政府によると6,000件にも及んだという)が続き、数百人の市民が犠牲になっていた。そしてアメリカによる侵攻を防ぐために、カストロがソ連の核ミサイル導入を容認したという部分は、この作品からはすっぽり抜け落ち、悪辣なソ連がいきなり米国を射程に入れたミサイル配備をした、という筋立てになっている。ここからしてすでに恣意的。しかも、アメリカが62年10月20日に「マングース作戦」と呼ばれる、キューバ侵攻作戦を実践しようとしていた歴史的事実にすら目をつむっているのはどういうことか。
人道的民主主義の英雄ケネディの毅然たる態度でソ連を屈服させた、というストーリーを描きたいらしいが、実際には、「ケネディが宣戦布告演説をするらしい」という誤情報を真に受けたフルシチョフが、核戦争を防ぐためにあわててミサイル撤去を宣言した、というのが真相とされている。キューバ危機は、偶然の積み重ねとして避けられたに過ぎないのだ。
この作品ではそうした歴史的事実を無視し、全面核戦争を、あたかも米国大統領とその側近の努力で防いだかのような描き方となっているが冗談じゃない。米ソ両国の核軍備競争=核抑止理論は、為政者のコントロールが不可能なところまで来ている、というのがこのキューバ危機の教訓ではなかったのか。国家の威信を守るために、数千万人(米軍基地のあるこの国だって例外じゃない)の命が奪われる寸前までいったのは、そもそも誰のせいなのだ??
当時の国防長官で、強硬派のひとりとも目されたロバート・マクナマラは、後年次のような趣旨の発言をしている。「人間は過ちを犯すものだ。しかし、核時代に過ちを犯すということは人類が滅亡する、ということだ。核と人間は共存できない。核のない時代に戻るしかない」と。
キューバ危機から38年も経ってから作られたこの作品、ポリティカルサスペンスとしては上々かも知れないが、歴史的事実に少しでも近いものを想定していたとするならば、根本的な視点に欠陥があるとしかいいようがない。
追記:史実を扱った映画に「歴史的観点を求めるのはお門違い」なんてことを胸を張って言える人もいるそうな・・・。確かに、「さすがアメリカ!」と手放し賞賛するノーテンキな観客ばかりなら製作者は大喜びだろう。