2000年に作られた87年が舞台の作品。残虐がテーマではなく、空虚なNYのトレーダーを通して現代を鋭く風刺した作品
(2008-08-13)
2000年に作られた作品だが、舞台は87年ということを知らずに見たので、俳優陣を見ながら、いったいいつの映画だろうかと混乱してしまった。こんなパターンは初めてだ。
最高級の服と美食、住まいに身をゆだね、ほとんど潔癖症と思われるほどの自分の体と自分の持ち物に対する執着心。それに対し、他人を見下すことだけによって自分の存在を認めることの出来る偏狭な自我を感じ、空虚な自分にいたたまれなくなり、殺人という狂気へと突き進んでいく。
原作を読んだわけではないが、解説を見ると、原作は残虐シーンが話題となり相当な反発があったようだが、本当は時代の表面的な風潮を批判するのが本当の意図であったようだ。映画の最後のシーンでレーガン大統領を非難する部分があるが、ここに作品のテーマが凝縮されているようだ。
今のニューヨークのトレーダー達も、あそこまでブランドに執着はしてないだろうけど似たような連中なのだろうと思う。裕福になるほど心は寂しくなっていくという典型的な教訓だ。
映画のなかで、時々主人公のパトリックが「ビデオを返しにいく」と言うシーンがあるのがおかしい。あんなにお金持ちなのにやっぱりレンタルビデオを使う必要があるのだろうか。それと、音楽評論を人に無理やり聞かせるのもクラシックではなくポップスなのが80年代のアメリカのサイコだ。これがクラシックだったらレクター博士と重なってしまうところだった。
最後に、服はセルッティにスポンサーになってもらっているくせに、映画の中では一言もセルッティの名前は出てこない。よくこれでスポンサーを引き受けたものだ。
愛らしいサイコ
(2007-04-24)
女性監督だったことにびっくり。でも言われてみると、サイコキラーのお話にどことなく暖かいものを感じるところは女性っぽいかもしれない。
薦められて見たのだが、サイコサイコってほどサイコじゃなくて、う〜〜ん、何つーか、人間味溢れるサイコって言うんですか?(何だそりゃ)
完璧なエリートヤッピーが殺人の喜びに目覚めて売春婦やホームレスを殺しまくって、最後は自分で自分を追い詰めるけど罪も認められなくて悲劇的な状態のまま終わる・・・・んだが。だって仕事の喜びも成功もないみたいだし〜、全然他人に名前を覚えられないし〜、他人の名前もあやふやだし〜、一昔前の貴族のような生活なんだよな。現代の病巣ってよりも古典だ。
他人の名刺の趣味の良さに顔面蒼白になってしまうところや、殺人を犯す前にアーティストに対する薀蓄を怒涛のように話すところなど、愛らしさたっぷりでした。
主人公パトリック・ベイトマン(クリスチャン・ベール)を訪ねる探偵キンボール(ウィレム・デフォー)が不気味さで圧巻なのだが、これはもうウィレム・デフォーなので致し方ない。
バンカーの実態?
(2006-12-05)
投資銀行における株式のセールスを描いたのが「ウォール街」なら、投資銀行におけるバンカー(投資銀行部門の社員)を描いたのが「アメリカン・サイコ」だという声がよく聞かれる。作品としての優劣はともかく、この映画がどこまでこの世界を忠実に描けているかを検証してみたい。
主人公、パット・ベイトマンはハーバードカレッジ、HBSと来て、Pierce & Pierceという投資銀行のVP(課長レベル)を務める27歳。この年でMBAまで取って投資銀行のVPになるのは、飛び級でもしているか、親の力だろうと思われるが、同僚のティモシーらもVPなところをみると、M&Aに特化したこのブティックファームの昇進は早いのだろう。フィッシャーをRothChild(実在する投資銀行)からもぎ取った、なんて表現も登場することから、おそらく彼等はカバレッジバンカー(投資銀行部における営業)。ここまでは何とか納得できる。
ベイトマンの仕事について
作品中、このベイトマンは全く仕事をしない。仕事中にクロスワードをするかと思えば、書類一つない机に足を組んでTV(CNBC?)を見たりしている。昼間からハリーズというバンカーや弁護士の溜まり場で酒を飲み、夜8時にはデートの予約を入れている。部下のアソシエイトにすべて仕事を振っているにしても、VPクラスのバンカーがこれだけ仕事をしないのはありえない。ディールフローがない状況ならなおさらカバレッジバンカーは全米を飛び回り、ピッチブック(営業資料)の作成で午前様のはずだ。
ベイトマンを初めとするバンカー達の並外れた物質主義について
バンカーのモチベーションの1つにお金が来るのは納得できるが、それと物質主義はリンクしない。実際、多くのバンカーはオーバーサイズのスーツを着て、体系はもちろんスキンケアなんて気にしていない(時計だけ異様にいいものを持っているなんてことはザラだが)し、選ぶ店は各ファーム御用達のお決まりの店だ。P&Pのようなカラーをもつファームがあるのも事実だが、バンカー等のより強いモチベーションは仕事における達成欲や危機感ではないだろうか。
映画ならではの誇張を差し引いたとしても、バンカーの生活と価値観を描くという点において本作は誤解を招く内容である。この作家が当時の極端なヤッピーという題材を扱うにあたってなんとなくバンカーという設定にしただけ、と考えるべきだ。
最後に、娯楽作品としては、名刺競争を含むポール・アレンへの嫉妬が非常に面白かったので、星4つ。
80年代が生み出した怪物
(2006-11-14)
80年代の軽薄な一面を描いた作品としては「ウォール街」と並ぶ傑作。無機的でショーアップされた、際限ない欲望、自我のラスコーリニコフ的膨張と破裂を、パトリック・ベイトマンなる人物に仮託してクリスチャン・ベールが見事に演じた。
「ウォール街」はマイケル・ダグラスが金の魔性に溺れて沈んでいくが、本作の主人公は自我の魔性に身を焦がしていく。どちらも近代の価値観、合理主義を極端なまでに追求した結果の悲劇であることに変わりはない。近代主義が優勢思想を育み太らせ、やがて手をもてあまして暴虐を見て見ぬ振りをした重い事実が頭をよぎる。パトリックは何を憎み何を壊したかったのか。それがはっきり見えない不気味さが恐ろしい。
犯罪者のほとんどは貧困者
(2006-09-15)
典型的なアメリカの異常殺人者の姿を描いているが、正直、こんな作品を作ることに何の意味が?
“アメリカ人の富裕層には犯罪者が多い”という誤解を招きかねない作品だ。
“犯罪者は貧困層に多い”ということを忘れないでもらいたい。アメリカでは、犯罪者の八割は貧困者であるという統計も出ている。
だいたい、異常殺人者を擁護しているかのような内容のこの作品は、モラルの低下にもつながりかねない。