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八月の狂詩曲(ラプソディー) お気に入りに追加
黒澤明
出版社・発売元:

松竹

媒体: DVD
ランキング: 43783
発売日: 2002-12-21
レビュー (Amazon.co.jp)
   ある夏休み、長崎の田舎に住むおばあちゃん(村瀬幸子)の家に滞在することになった4人の孫たち(吉岡秀隆、大寶智子、鈴木美恵、伊崎充則)。やがて彼らは、おばあちゃんが体験した原爆の恐怖を理解するようになっていく…。
   祖母と孫たちののどかな交流の中から静かに反核を訴える、晩年の黒澤明監督作品としては小規模だが、実に味わい深く可愛らしい作品。ハワイの甥役でリチャード・ギアも出演したが、彼がおばあちゃんに原爆のことを謝るシーンが、映画的社会的無知に気づかずただ心ないだけのアメリカ・マスコミにバッシングされたのが悔しい。原爆の光を目玉で象徴し、その被害をネジ曲がったジャングルジムのみで表現し得た巨匠の偉大なる映画的センス。自然の緑と澄み切った水の流れをかくも美しくとらえた映画はほかに例がない。そして、生きるうえでのすべての哀しみを嵐で吹き飛ばそうとする黒澤映画ならではのラスト。どこから切っても見事としかいいようのない、真の人間愛に満ちあふれた巨匠の、そこはかとない隠れた代表作である。(的田也寸志)

カスタマーレビュー

平凡な日常の中の衝撃と記憶。  (2008-02-24)
若かりし頃戦争で原爆が投下されその衝撃を記憶に残すお婆さん、そして親戚として訪れたリチャードギア。彼の一時の滞在が、お婆さんの意識の下に眠る「あの日」の記憶を蘇らせるきっかけを作り、、、。ある日「あの日」似よく似た空を見た瞬間に、「あの日」に戻ってしまい、お婆さんは家族を助けようと、、、、風雨の中おばあさんを探して走る家族のシーンは黒澤イズムあふれる天地さえも支配する圧倒的な強さがありますね。でもやはり比較論になってしまいますが、個人的には黒澤監督は、モノクロ時代の方が好きです。

イマイチ「ピン」と来なかった  (2006-10-15)
 反戦だとか非核だとか言うけれど、黒澤さんが見せたかった事とは何だろう。
 多分それは単純な暮らしの中にいた、平凡の中にいた一人の女性を通して見た、突如として現れた「非日常の世界(原爆の超・恐怖)」ではなかろうか。平凡な暮らしを送っていた一人の女性が或る日突然ピカドンに遭遇し…全てを変えた。全く「突然の」喪失感・絶望を味わう…それは確かに悲劇だ。「うーん…」戦争を語る上で、人は様々な視点からそれを見る。一つの事象も相手があるから一方的なモノの見方では済まされない。物事とは全て相対的(見る人によって見え方が異なる)だからだ。難しい事は抜きにしても、平凡な事・当たり前の事を大事にしない人達が軽々しく戦争を起こすと言ってもイイ。その「平凡である事の非凡さ」を教えるために(平和を守るためには恐ろしく手間暇がかかるもの)…この作品は相手にどう受け取られるのだろうか。それには相手も自分と同じ価値観という事が前提になるのだが…違う人にこの手の作品はどう受け取られるのだろうか。

見て良かったと思います  (2005-10-09)
この映画は日本人の為の映画だと思いました。物語始めで、孫達が長崎市内の原爆にまつわる場所を見て回るシーンがありました。噴水がある立派なところに、各国から送られてきた立派な慰霊碑が並べられています、一方で、焼け爛れた原爆モニュメントが誰もいない学校の隅にあります。何故か自分はくやしくてたまらなくなりました。
ところで、同監督の七人の侍という映画では、農民を救おうとして死んでいく侍がいます。その時の武器は鉄砲だったと記憶しています。近代兵器に対する嫌悪感が監督にあったのではないでしょうか。

抗議する事は、権利ではなく義務である。  (2005-08-09)
「抗議する事は、権利ではなく、義務である。」と言ふ言葉が有る。黒澤明監督がこの映画を作った動機は、まさに、この言葉の実行であったに違い無い。--この映画が完成した時、試写会の場で、多くの外国人特派員が、黒澤監督を非難すると言ふ出来事が有った。即ち、「日本人が、原爆を題材にした映画など作るのは、日本の戦争を正当化する事に成る」と、考える一部の外国人ジャーナリスト達が、試写会の場で、黒澤監督を非難したのであった。私は、黒澤監督は、良くぞ、彼らの怒りを集めたと思ふ。--黒澤監督が、彼らの怒りを集めた事は、この作品に込められた黒澤監督の抗議の強烈さを証明する物である。アメリカによる、広島、長崎への原爆投下が、国際法上正当化し得ない行為だった事は、ハーグ条約によって、明白である。又、戦争を終結させる為に不必要だった事も、アルペロヴィッツ等の歴史家によって、完膚なきまでに証明されて居る。それにも関わらず、原爆投下の不法性、非人道性を認めたくない一部の外国人ジャーナリスト達が、この映画に込められた黒澤監督の原爆投下への抗議に、憤慨したのである。--この映画で、忘れられない場面が有る。それは、映画の終はり近くで、お婆ちゃんが、稲光を原爆の光と錯覚して、孫たちを、シーツで守ろうとする場面である。その意味が分からず、当惑する孫達と、「白い物をかぶってた人達は助かったんだ。」と独り言を言ひながら、孫達をシーツで守ろうとするお婆ちゃんの姿。これは、黒澤監督自身の姿ではないのだろうか?--この場面を見た時、私は、「これは、『生きものの記録』だ。」と思ったものである。お婆ちゃんが、孫達を原爆の幻覚から守ろうそして、シーツでくるむこの場面は、核戦争を扱った黒澤監督のもう一つの作品『生きものの記録』(1955年)の、再現以外の何物でもない。--そして、最後の、夕立ちの場面は、何と素晴らしい事だろうか。あの夕立ちの中で、「野ばら」が流れる場面こそは、黒澤監督の、原爆投下への、最大の抗議なのである。(西岡昌紀・内科医/長崎に原爆が投下された日から60年目の日に)

やはりラストが最高  (2005-04-29)
この感動をどう表現すればいいのでしょう。
この感動はどこからくるのでしょう。
ラスト、おばあちゃんの傘がだめになって「野ばら」がかかる
瞬間、本当に涙が止まらなくなって。
おばあちゃんはあの日あの時、おじいちゃんを助けに長崎の
小学校に向かって走ったんでしょうか。
少し様子がおかしくなってしまってからのおばあちゃん、あれから
どうなったんだろう…

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