ケイトブランシェットが印象的
(2008-12-16)
ラッセの作品ならぜひ出たいという大物役者がほとんどというのは過去の作品歴から見てもわかるが、ケイトブランシェットの役はケイトでなくとも賄える。ケイトをこんな毒婦の役で使わなくちゃいけない理由はあるのだろうか。出演料がかさむだけで収益をあげるのがしんどくなるのがオチ。
しかし、ケイトはただものではないので、その演技力と解釈で自分の子供まで二束三文で養子(原作では幼児ポルノにうりとばそうとする)に売り飛ばしてしまおうとする毒々しい女の役を見事に演じていて印象的で素晴らしい。取り柄のないタイクツなダメ男の主人公がそもそもなぜこんな女と結婚できたのかが不思議だが、この映画はケイトブランシェットの演技が一番いい。
再生の物語
(2008-04-06)
「サイダーハウスルール」のラッセハルストレム監督の中で一番好きな映画特に何か起こる訳でもなく淡々とした話でも感動するこれは男が成長していく物語であり枠なホームドラマケヴィン・スペイシーの演技も良かったです
完璧な作品とはこような映画をいうのだ。
(2007-10-31)
完璧な作品。
監督は「サイダーハウスルール」「ショコラ」を手がけたスエーデン人のラッセ・ハルストレム監督。
主演はケヴィン・スペイシー。彼はその後「ルマインド」に出る。
助演女優は「ハンニバル」に出たジュリアン・ムーア。
主人公の叔母役は「アイリス」に出たジュディ・デンチ。
主人公の最初の妻は「エリザベス」で主演女優賞をとったケイト・ブランシェット。
とにかくそうそうたるメンバー。豪華キャストである。ニューファンドランド島の自然の激しさ。そこで生きる人間達の人間くささ。そこの海賊の末裔である主人公。
小さな島のローカル新聞社の記者として採用される。幸せ者。見事な作品である。
家庭という密室
(2007-01-27)
この映画を見てそう思いました。
身内、特に夫婦間、血を分けたきょうだいには感情を無防備なまでに許します。
他人や友人のように何があっても切れることはない・・・家族という特有で不思議な人間関係。
例え、離れても心の中では一部と化している面もあるのではないでしょうか。
家族に人生を左右されるような仕打ちを受けても逃れられない・・・またその危険が、周りの他人に知れてもなかなか介入が許されない、特有で不思議な家庭という社会。
無防備なまでの信頼を裏切られたときのそれぞれの生き方をうまく映画にしていると思います。
最後に家がつぶれるシーン、家族からの心の呪縛が取れたような気がしました。
自由に自分らしく生きられる・・・それがいかに困難か、最愛の家族によって受けた傷の深さを思い知ります。
確か、ギルバートグレイプも家族間でそれぞれに心の迷いを抱え、最後に家が燃えたような・・・記憶が。
こちらも一見の価値ありです。
弱気な中年男の再生物語
(2006-06-13)
ハリウッド映画にしてはめずらしく文学的な香りを持った秀作だ。
妻ペタル(ケイト・ブランシェット)を失い、一人娘のバニーを抱えて失意のどん底にいた弱気な中年男クォイル(ケビン・スペイシー)の元に、叔母(ジュディ・デンチ)が訪ねてくる。
彼女は何か秘密を持っている様子だが明かさず、クォイルに家族の生まれ故郷、ニューファンドラウンド島に帰ろうと勧める。未知の漁村の小さな新聞社で、記者の仕事を得た彼は、初めて自分の家族の過去を知っていく。
海賊の血を引いたクォイルの家系には、忌わしい事件ばかり。彼は自分を虐待した父と、身勝手で身持ちが悪かった妻の記憶に苛まれる。その一方、夫に死なれ一人息子と暮らす若い母親ウェイヴィー(ジュリアン・ムーア)と親しくなっていくのだが、彼女にも誰にも語れない過去が…。
霧に包まれ、粉雪舞う寂しい漁村を舞台に、暗く苦い過去を持った人々の物語が語られる。しかし、全編にちりばめられたユーモアが物語を軽やかにし、母を失い傷ついた娘のバニーに、少女らしい想像力を持たせることで、重くなりがちなドラマのトーンに、幻想的な広がりが生まれた。
スエーデン出身の監督のラッセ・ハウストレムは、『マイ・ライフ・アズ・ドック』や『ショコラ』等でも、子供の持つ不思議な力を引き出すことが上手かった。この作品にも、ハウストレム独特の人間への優しい視線が温かく漂い、心地よい。
人里はなれた岩場に立つ廃家同然のクォイル家の<緑の家>が、人生の廃残者のように生きてきたクォイル自身を象徴する。強風に軋み揺れる穴だらけの家は、クォイルの空しく苦い人生そのものだが、彼がその家に住むことで初めて自分の人生に向き合うという仕掛け。
家の倒壊が、クォイルの再生を表現するエンディングの映画的提示が爽快だ。