戦争の悲しさを描いて秀逸
(2005-10-15)
キッドマン演じる高校生を中心とした日常に、しだいに戦争が忍び込んでくる。やがて兄が徴兵され、ベトナムに。ハリウッド映画のような派手な戦闘シーンはないが、日常の平凡さがリアルに描かれていることが戦争の異様さを浮き彫りにしている。兄は派兵期間が終わったにもかかわらず、再度志願してベトナムに行く。戦争を他人事として、クラブで踊りほうけている同世代の若者たちの生活には戻れず、直接コミットすることで自分なりの答えをみつけたかったのだろう。初々しいキッドマンの演技もよく、なかなかの秀作である。
派兵は平和構築の一助となるか。
(2005-09-02)
ベトナム戦争は、1960年代にアメリカがベトナムで行なった戦争だが、オーストラリアも参戦、派兵をしていた。映画の筋によると、大学生には徴兵免除制度があったが、そのほかの青年は、生まれ月日で徴兵が決められたようだ(アメリカでも生まれ月日による徴兵選出が行なわれていたことが『17歳のカルテ』に出てくる)。はじめは「ピクニックと間違っているのではないか」と上官から叱責を受けるほどのぴやかな徴兵生たちであったが、実際になかまを地雷爆発で亡くす、ベトナムの人々との交流をもつ、などの経験を通して、戦争に対する姿勢が変わってくる。
この映画では、参戦を支持する立場にある父、やさしく家族思いの母親、徴兵される息子(このおにいちゃん、妹思いで飄々としていてなかなかグッド)、参戦反対の娘の一家がメーンである。憲法改正が討議されている現在、この映画を鑑賞することを通して、この青年たち、青年たちの家族の苦悩について考えてみることは、有意義であると思う。
主人公の青年が最後にとる決断は、私個人としては、あまり賛同できない。武力によってはいかなる大儀をもってしても、平和は構築できない。武力によっては、戦争で傷ついたベトナムの人々の心を癒すことはできない。ベトナムの恋人を思うなら、武器を捨てベトナムの人々と土地を耕す生活をするべきだったと思う。この青年と同じ年齢ぐらいの日本の青年たちならどうするか、ぜひ、意見を聞かせてほしい。