完璧な父親じゃないからこそ感動した。
(2007-08-03)
短気でかっとなり易い父親(ホフマン)だけど子供に対する愛情は人一倍強い。子供は家を出た母親が恋しくて父親にわがままを言って困らせたり「パパなんて嫌いだ」とわざと父親を傷つけるようなことを言ったりする。完璧じゃない父親が、子供の信頼を得て、子供に愛され必要とされるようになるまでの過程は困難の連続で、父親は子供のために多くの時間を割き、今まで仕事人間だった男がそのために職を失った。多くの犠牲を払い、やっとお互いに信頼し合い必要とし合える仲になった。こんな時に子供を連れ戻しにやってくる母親(メリルストリープ)は憎らしい。
法廷シーンで父親は言う。
「いったい良い親の条件とは何でしょう。放り出さず耐えること。我慢強く子供の話を聞くこと。耐えられなくなったら聞いているフリをすること。そして、子供を愛することでしょう」
これは「アイ・アム・サム」でも使われた名台詞だ。
全ての父親・母親の胸にこの言葉を。
48分のメイキングを見て2度目の感動
(2005-11-06)
ラストが明るくて、見終わって気持ちが良い作品でした。例え、この夫婦が元の鞘に戻らなくても、三人は一生関わって暮らしていくことが暗示されているからです。特典映像のメイキング(48分も有る!)も非常に感動的でした。この映画の撮影当時、ダスティン・ホフマンは実生活でも離婚を進めていて、自分を演じることに苦労したとか、メリル・ストリープは恋人ジョン・カザールが癌で死んだ直後で、未だ立ち上がれないのに彼の子供を身篭っていたとか、ロバート・ベントン監督は非常に寛容だったので、ダスティン・ホフマンにしばしば台詞の改訂やアドリブをやらせたり、離婚裁判の中で妻の弁論の台詞をメリル・ストリープ自身に書かせたりしたとか驚きの連続で、もう一度本編を見たくなりました。テーマ曲として用いられたビバルディの「マンドリンと弦楽の協奏曲」第1楽章も忘れられません。
クレイマー、クレイマー
(2005-07-16)
世の中には沢山の夫婦が居て。様々な価値観・関係・形態・想いがあると想う。時には夫婦が離れてしまうこともあると思う。
しかしどんな結果になろうとも忘れちゃいけないことがあるはず。
子供には全く罪が無く、子供には守るべき親(存在の人)が必要で、
愛されるべきで。
父と子。その一見ぶっきらぼうなやりとりの中での、二人だけの生活の中で生まれてくる愛情、絆。
忙しく働くお父さん、そしてお母さん。
そしてこれから家族を築いていく若者達にも、是非観て欲しい作品。
この作品を観て、それぞれの立場で色々な愛情を感じて欲しい。
もう1度、考えてみて欲しい。
名画
(2005-07-13)
この作品、
邦題(クレイマー、クレイマー)にするより、
原題(Kramer VS. Kramer)の方が本質を突いています。
なぜVersusなのか。
映画にしても音楽にしても、
邦題をつけることによって、
作者が問いたかったことをぼかしてしまいがちです。
この映画もそんな一本でした。
クレイマー対クレイマー夫人。
子供の親権をめぐって父と母が法廷で争う。
そして、あのエンディングシーン。
映画を見るといろいろなことを教えられます。
この作品も、自分が父親になった今、
多くのことを教えてくれます。
音楽も無く、台詞も無く、無機質な食器の音だけが食卓に響く中で
クレイマーとクレイマー・ジュニアが無言で朝食の支度をする。。。
特に胸にくるシーンです。
離婚当事者の気持ち
(2005-03-12)
離婚は日本だけではなく、世界の夫婦におこりうる身近な問題である。どこにでもいそうな夫婦を中心に作品が進行するため、私たちの生活と比較してしまう人々が多いのではないだろうか。身近な問題であるため作品のメッセージがよりつかみやすく、わかりやすい。離婚が急増しているといわれる今日、本作品が伝えるメッセージは上映当時よりも現在のほうが重要なのかもしれない。 このDVDについている、特典映像がおもしろい。この映画の作成時、主人公を演じたダスティン・ホフマンは離婚のさなかにいた。そのため、出演する場合は自分に生じているすべてを演じようとしたらしい。あと演技としてアドリブが多用されていたことが、紹介されている。特典ではそのシーンも振り返ることができ、全くアドリブに見えない驚きを感じる。 あるときは父親、母親、子供の気持ちを描き、離婚は子供を悲しませるという本質を説いている。離婚のさなかにいる夫婦は子供を思うと別れるのがつらい。そのため離婚がうまくいかない場合もある。その意味で夫婦関係に占める子供の位置は重要であると再確認できる。この作品のラストは今後、この家族がどのようになっていくのかが不明なのだが、その点は私たちに家族や離婚、子供について考える機会を提供してくれているのだろう。