リプリー
(2008-01-16)
「太陽がいっぱい」と比較される本作ですが、比較する必要はまったくもってありません。そもそも監督自身が「太陽がいっぱい」なんて意識してない、と言っているのですからここは監督の意思に沿って批評すべきでしょう。
そうやって見てみると、ほとんど非の打ち所のない作品です。リプリー目線で話が進んでいくので見ているほうはリプリーに影響されていきます。愛する人、愛されたい人(作品中ではディッキー)に受け入れられない悲しさや、リプリーが語る「暗い地下室の話」なんかは、とても共感できました。誰だってありのままの自分を受け入れてほしいものです。
後、見逃せないのが、魅力満点のジュード・ロウ、フィリップ・シーモアホフマンの怪演。
ジャズ、クラシックを多用した音楽。美しいイタリアの風景。
ホモセクシャルな雰囲気(これは、常に<愛>を描いてきたミンゲラ監督ですから、当然といえます)などなど。
ただひとつ欠点としていえるのが<暗い>ということ。だから、明るい話が好きな人にはお勧めできないし、やはり、はじめて見た時は後味が悪い。
なので、正確に言うと星は4つなんですが、個人的にそのジメジメとした暗さが好きなので5つです
オリジナルとは別の視点から作られた面白さです。
(2007-03-16)
自分のことが大好きで、自分の都合だけで周りの人を振り回す、尊大なディッキー。自分を愛せなくて自信がなく、違う人間になりたいとさえ考えている、はっきりいってグジグジした性格のトム。トムはディッキーのようになりたく、なおかつディッキーからも愛されたいのだ。ところがそんな気持は、ディッキーにとっては当然うとましいだけ。結構、現実にありそうな人間関係ですよね。
「太陽がいっぱい」と比較しなければ、これはこれでなかなかの作品です。
日向と日陰の人間
(2007-02-05)
マット・デイモン、ジュー・ドロウ、フィリップ・シーモア・ホフマン三人の演技は素晴らしいと思います。
内容は原作のイメージを壊してないし、トムが話している最中ディッキーが「シャツを一枚しか持ってないのか?」と話の腰を折る… オシャレで裕福な日向で育ったディッキーと日陰で育ったトムの違い。
後半トムが部屋を自分の思うままに装飾しても悪趣味になってしまう…
音楽の使い方も素敵、随所にアンソニー・ミンゲラ監督の繊細さとこだわりが感じられます。
マットデイモンの一番はこれ
(2006-06-29)
もちろん彼のジェイソンボーンも大・好きですが、やはり彼の最高傑作はこれだと思います。
とにかく登場人物達全ての「目」が雄弁です。
内気さと自己顕示欲の混じった最初の頃のリプリーの目は
自分の行く先の暗闇を直視して、罪深さと悲しみをたたえるようになる。
婚約者とのきままな日々を楽しむ、無邪気で若いグウィネスのまなざしも
リプリーへの疑惑がいつか確信となるにつれて強く尖った目線となる。
周りの誰もまだ気づかない段階で既に、リプリーの嗜好と欲望に気づいたアメリカ人の、
リプリーをからかうような目つき。
リプリーが何か重大な事を隠していると判って包もうとする「彼」の深いやさしい目元。
「闇の中で悪魔と二人きりの地下室」の扉が閉まるラストの見事さ。
それにしてもマットデイモンは何故こんなにヨーロッパが似合うんだろう…
人生は変えられる?
(2006-05-14)
アラン・ドロンの[太陽がいっぱい]のリメイク。貧しい青年マット・デイモンが大富豪の御曹司ジュード・ロウ(これはバッチリはまり役。金持ちのいやらしさがぷんぷん)を殺害し、それを隠すために次々と悪事を重ねてく・・・マットが悪になりきれていないのがマイナス点。でも、ださ男だったマットが、金持ちの真似をし、それが自分自身の様になっていく過程で、どんどんイイ男になっていくのにはビックリ。パスポートの写真なんて全然違うのに、それを押し通していく強さと男前振りはちょつと壮観。