女性の激しい恋
(2008-04-24)
女性監督ならではの官能的な映画であった。
言葉の代わりにピアノの音色で感情を表現する主人公。
話の出来ないエイダ(ホリーハンター)にとって言葉以上に大事なピアノが嫁ぎ先の夫の不理解もあり、海辺に置き去りにされる。
ベインズ(ハーベイ・カイテル)の手元に渡ったピアノは、レッスンすることを条件に戻すと約束する。ピアノを取り返す為にレッスンが始まるのだが、自由にピアノを弾かせてくれるベインズに次第に惹かれていく。
19世紀という古い価値観の世界と共に敬虔なクリスチャンのエイダやその夫にとって不倫とは絶対的にあってはならない裏切りであるが、理性よりも本能で行動するエイダは言葉が話せないということもあるのか冒頭の物静かな印象とは違い非常に激しく表現されていた。
逆に原住民になりすましタトゥによって野蛮な印象を与えるベインズは
エイダとの恋愛関係においては実は正反対でベインズが紳士的な印象であった。いずれにしてもゾクゾクする映画だった。
高波打ち寄せる海岸に置去られたピアノ
(2008-03-30)
高波打ち寄せる海岸に置去られたピアノを画面中央に捉えたシーン。
バックには、マイケル・ナイマン作曲のテーマ音楽が流れている。
このワンシーンが本作品の輪郭を構成し、第一の成功要因だと思う。
ホリー・ハンター自身が弾いているとのことで、余計に素晴らしい。
この映画はやはり、女性に受け入れられるのではないだろうか。
また監督はじめ製作スタッフが女性中心というのもうなずける。
例えば、主人公をふたりの男性が暴力で奪い合うのではなく、
このような結末に帰したり、官能シーンの描き方でも然りである。
タイトルの「ピアノ・レッスン」は、英語名のみ「The PIANO」。
既登録の関係でこうなったらしい。さて、どちらが好いだろうか?
女性ならではの官能の世界が美しい
(2006-07-13)
類稀なる傑作。カンピオン監督は“皮膚”と“触覚”で愛を描く。男性には絶対発想できない描写が随所に。ハーベイ・カイテルは野生の獣。その眼はホリー・ハンターを獲物のように捉える。彼は爬虫類。いや肉食獣。「お前のことで頭がいっぱいだ」「俺は苦しい」獣がそう訴えたとき初めて体を開くホリー・ハンター。生贄に捧げる肉。その豊かな背面。二つの白い丘陵をキャメラは愛撫する。女でなければ共感できないような繊細さでキャメラも官能的。見なければ生きてある喜びのひとつをとりこぼす。それ程の傑作。
女性監督の描く静かな激情
(2005-05-08)
エイダにはピアノが体の一部,口であり心。原住民ベインズと二人きりのレッスンは,いつしか夫に疑念を抱かせた。幽閉されても心までは閉じ込められなかったエイダを,ホリー・ハンターが体当たりで演じる(実際にピアノも弾いたと言われる)。
激情を抑えたようなピアノの音色。アンナ・パキンの可愛いダンス。そしてハーヴェイ・カイテルとホリーの静かなる熱演。
高音質・高画質のトールケース版発売が待たれる。
エモーショナルな叙情詩
(2005-03-15)
これほど魂を揺さぶる映画にあったことがありません。
口がきけず、ピアノを弾くことでしか自分を表現できないエイダ。
そのエイダを世間体を繕う為に、未開の地に迎え入れた主人。
エイダに生身の愛欲でもって迫り、求め愛した恋人。
一見この3角関係のような映画です。
しかし、実際はこの愛の物語の中に、名ばかりの主人の介入の余地はない。
ピアノと恋人がエイダを取り合っているようにも見えます。
(だからなのか原題は「THE PIANO」)
どの場面を切り取っても、セピアの絵の中のように美しいです。その反面、肉欲や愛に目覚める感情表現は、とても生々しくエモーショナル。
エイダの感情の動きとともに響くマイケル・ナイマンの音楽は、時にはさざ波のように、時には打ち付ける雨のように、見るものの心に迫ってきます。
音楽に身を委ねるように、感じるままにこの映画を観てみてください。
只の不倫映画や3角関係映画ではないです。
壮大で美しい愛の詩のような映像と音楽。
楽器を偏愛する人には、すごくわかりやすいかもしれません。
相性が合えば、観終わった後浄化されたように心地よくなれるかもしれませんよ。
それにしてもDVD生産,もうしてないんですね。
買いそびれたことを猛烈に後悔してます。(泣)
残念でなりません。ぜひぜひ再販を!!