心の闇を描ききり、丸裸にしたギャロの勇気に、心の底から拍手を送りたいっ!
(2008-10-13)
人間誰しも、暗い闇の中にたった一人でいれば自分の醜さがにじみ出てくる。それは、どんな些細なことでも例えば、友人についた嘘やすっぽかした約束や守りきれなかった抱負、自分の置かれた状況などなんでもいい。
それ自体はほんとに小さなことだけど、一人ぽっちでいればそれがどんどん膨らんできて自分の存在を消してしまいたくなる。
それを無くすには誰かにもたれるしかない。誰かに自分をさらけ出して、理解を得るしかない。素直になって話を聞いてもらうしかない。
簡単なことに思われるかもしれないけど、そんなことはなかなかできない。自分をさらけ出してしまえば、誰もがこんな「最低な自分」からは離れていくだろうと思うからだ。それなら、嘘で塗り固めた自分を演じている方がまだいいかもしれない。でも、つらい。嘘をつきながら生きているのがいやになる。罪悪感と劣等感で押し潰されそうになる。
ビリーが泣きながら呟いた「生きられない」という言葉はそんなことを表しているのではないだろうか?
そこに、光をもたらすのがヒロインのレイラだ。何の取り柄もないビリーに惹かれたのは、なによりもその勇気と優しさだ。自分をさらけだす勇気、嘘で自分を固めそれに大きな罪悪感を感じるのは本当に優しい人間にしかできないことだ。彼女がそこに気づいたからこそオープニングで自分が死ぬことしか考えていないビリーの表情に比べエンディングでのビリーの表情はまるで別人のように見える。
この映画はギャロの自伝的映画だと聞く。
自分を丸裸にしたギャロの勇気と、死の瀬戸際にいた人間の奇跡の生還を僕は確かにこの目で見せてもらった。
玄人作品!
(2008-08-25)
これは先輩におすすめされて見ました!完全に玄人作品かな!普通の恋愛じゃないし意味がわからないって方もいるでしょうね!素人さんには絶対おすすめしません!これは玄人さん・・それも男性におすすめできる作品ですね!最後に一言!!自分は主人公の自己中すぎるとこが好きだったな〜wあれは完全に理不尽大王だな!女性の敵だw
ギャロの繊細な感性に脱帽。
(2008-07-31)
ギャロが、通りをくねるように歩いている。何かというと、おトイレに行きたい、もうたまりません・・・というのが冒頭のシーン。目的地に到達するのに結構時間がかかるのだが、そこに至るまでの緊迫感、恥じらい、それが言ってみればこの映画のすべてを表している。
この作品は限られた時間で、両親との人間関係に問題を抱える主人公と、その主人公にはじめは脅されて実家へ同行することとなった女の子の、ピュアな恋愛感情を描ききっている。
映画の世界観は、室内の照明にも現れている。かなりまぶしく、ぽわっとした光が壁から壁へ響きあうような、ほのぼのとした光。こういった光の使い方は、この人とタルコフスキーくらいしかできないんじゃないかと思う。
編集、録音、カメラワークなどとてもしっかりしていて骨太。編集など、ところどころ挑戦的な手法もとられていて、面白かった。
ちなみに、これに続くギャロの監督作「Brown Bunny」では、いわゆるハリウッド的な分かりやすいストーリーテリングからギャロが離れていく。しかし、それもこういうしっかりとした作品を撮れる人がするからこそ、見る価値があるんだと思う。ちょうど、ピカソが「普通の」絵を描けるように。
ACによるフラッシュバック
(2008-02-04)
実は、この映画はACである主人公が 天使のような女性に出会い少しずつかわってゆくという同じ悩みの人には「うん そうそう!」と感情移入出来る映画なのです。映画の中では主人公の事が中心に語られていますが、彼女もきっと痛みを知っているのだろうと思えます。つまらない復讐しようとする主人公の行動がどれだけ滑稽なことか‥多才なギャロのメッセージだと感じます。
この負け犬男の魅力
(2008-01-26)
この映画は劇場公開されていた頃にミニシアターで観ました。
ストーリーを簡単に言うと、両親にも見放されたどうしようもない駄目男が
自分が刑務所行きになるきっかけとなった男に復讐し、自分も死のうとするも、
母性本能のかたまりのような女の愛によって救われる、というものです。
普通のハリウッド映画のような派手な演出は一切なく、ヨーロッパ映画の
ように淡々とストーリーは展開していきますが、とにかく面白く、何度でも
繰り返し観たくなってしまう魅力があります。
この映画の魅力は、ヒーローを見て自分もそうなりたいと憧れるのとは全く
逆に、どうしようもない駄目人間を見て、自分の人生もそう悪くはないと
安心できるところではないでしょうか。
主人公もそうですが、その友人の駄目っぷりはさらにひどく、我々日本人が
優れていると思い込んでいるアメリカ人にも駄目人間はたくさん存在し、我々が
普段映画の中で見ている背が高くハンサムなアメリカ人の姿は、一部の勝ち組
の人たちのものにすぎないとこの映画は認識させてくれます。
この映画のストーリーは、自己中心的な駄目男になぜかかわいい女が惚れてくれ、
向こうから告白してくれる、というまるでギャルゲーのようにリアリティのない
ものですが、演出は非常にリアリティのあるものになっています。
この映画を観ていると、誰もが一部分は身に覚えのあるシーンに出くわすのでは
ないでしょうか。