ヘブラーの至芸
(2008-10-30)
ヘブラーの演奏には恣意的な表現が少しも無く、ただ自分の持ち合わせている洗練された音楽性と技巧をひたすらモーツァルトの音楽に奉仕させるという姿勢を貫いている。その潔さとあくまでも古典派の音楽へのアプローチとしての自由自在な表現が円熟期を迎えた彼女の到達しえた解釈なのだろう。ただここでのモーツァルトは決して枯淡の境地的なものではなく、むしろ清冽な響きで奏でた瑞々しい音楽が印象的だ。テンポのとり方にも非常に安定感があり、それぞれのソナタに聴かれる明確なタッチによる細かなニュアンスとシンプルだが巧みな歌いまわしに彼女の確信が窺われる。また曲想の輪郭をむやみに曖昧にすることなく、常に明晰で研ぎ澄まされた感覚を駆使した品のある表現はヘブラーならではのものだ。どのソナタをとっても粒揃いだが、中でも白眉は第9番イ短調K.310以降の中期及び後期の作品群で、モーツァルトの自由奔放とも言える着想と深い音楽性、そして作曲技法が一つの模範的な演奏で再現されている。1986年から91年にかけての録音で音質の素晴らしさも特筆される。
安定した演奏
(2007-05-18)
クララ・ハスキルやリリー・クラウスのソナタ全集を持っていますが、それと比べても、劣らない演奏でした。
初めて買ったモーツアルトのピアノソナタ全集がこれでしたので、私にとってモーツアルトのピアノソナタはこれが基準になっていますが、全く非の打ち所がないものになっています。
ソナタだけでなく、協奏曲も聴けたら嬉しく思います。
ペダルの踏み方が甘い
(2006-12-10)
惰性的でいい加減な演奏。
ペダルの踏み方は甘く、ピアノの音色が濁っている。
旧盤もたいしたことないが、こちらの演奏は、さらにいい加減だ。
・・理想・・普遍・・美・・愛・・
(2006-10-20)
幻想曲ハ短調K.475は、数あるモーツァルトのピアノ曲中でも 最も難しい曲の一つだ。
傷ついて飛べなくなった 鳥が、傷を癒すのに
愛情を求め、甘えを見せつつも、
野生動物としての警戒心、反抗心、プライドetcを見せ、
まるで、思春期の人間の気難しさ. そのものの様な
取扱うには「超」難曲である
が、
Ingrid Haeblerは、これを
無償の愛で、優しく .「そっ」と抱き上げ .包み .安らぎを与え、
自らの手を、嘴(クチバシ)で 激しく突かれようとも、
一切動じず、
神仏の如き、変らぬ .大きな「愛」で . 包む。
非常に統制が取れており、解説にもあるように、普遍性が持ち得る、
「美」「愛」「神聖」…といった レベルに達した、素晴らしい演奏であった。
多くの名立たるピアニストが、この「超」難曲を、大袈裟に扱い、
火傷を負ったり、逆に傷だらけになったり、統一感の無いバラけた解釈になったり、滅茶苦茶なテンポになったり、方向性を失ったりしている 事を考えても
このIngrid Haeblerは、本当に素晴らしい演奏だ!。
「奇蹟」のような演奏だ!
これを聴かずして、モーツァルトを聴いた気持ちになっているのは、
余に 「もったいない」 ことである。
当たり前のようにある美しいもの。
(2006-01-21)
ひとつひとつよく聴こえるピアノの音、曲のしっかりとした捉え方、丁度のテンポ。奇を衒ったところの全くない当たり前のような演奏。
それがこのソナタ集の魅力だと思います。
何度聞いても、他を聞いても、これが自分にとって一番のクラシックのCDでした。